■■2度の「情報ツウ」での特集について 2005.10.14
日テレ系の「情報ツウ」で2度(6日と13日)に及ぶフリースクール特集番組が放映された。札幌自由が丘学園がフリースクールの一つの典型として取り扱われたことは私たちにとってうれしい試みであった。
この番組は、当初の予定から変わったようである。1回予定が2回になり、内容も不登校とフリースクールに関連しつつも特定の生徒が比較的長い時間登場するというようなことになった。9月30日の余市での「フリースクール交流会」も報じられていた。それらはいずれも局の都合であるとともに、私たちにとっても好ましい結果であったと思う。
フリースクール(以下FS)である本学園と直接の関係のない人(学園の内容について不案内の人)や、関心のある人でも「はてな?」と思う人もいると思うので、若干の補足と感想とコメントを記す。
今日の学校と教育の問題点と不登校はウラハラの関係である。FSで元気になっている子どもたちが学校にもどる、ということは容易な話ではない。FSであるからこそ本来の姿を表現できるのであって、今日の学校ではそれが難しいことが多い。だからしばしば「どうしてここの生徒たちがFSになどいるのか。学校に行けるじゃないか」というコメントをもらうが、それは今日の学校の少なくない部分で、複雑な現代社会に生きる多様な子どものすべてが「本来的元気さ」を表すことが難しくなっていることを意味している反映でもある。
1回目の放映の終わりの部分で、義家弘介さんが「FSの問題点として『学力』と『進路』がある」ことを「経済的な問題」とともにあげていた。私たちはそれを考えるからこそ、FSに付属する形で「高等部」を開いてきたのである。人間の自立・成長はたくさんのハードルを越えることであること、そしてそれを短い1〜3年間だけで目に見えてやれる子どももいること、反面また数年間のスパンを必要とする子どももいること、を実感してきている。早い話、すいすいと進むことができる子どももいるだろうが、そうでない子もいる。
後者の子ども(いろいろ迷ってあっちに行ったりこっちに行ったりする子ども)もしっかり生きていくことができる場合が多い。
「元気が出てもそれで終わりではない」と強調された。私たちにとってはいわずもがなである。だからこそ私たちは「今一歩の挑戦」を不断に生徒たちに呼びかけているのである。もち論、呼びかけているからといって思うように進まないことがあるのは当然であろう。
たくさん誤解を招きかねない場面があった。これらについては省く。そして、チャイムがならないとか、授業の初めと終わりに「起立・礼」の号令がない、等が不思議がられた。私たちはわがFSをスタートさせる際、議論の末に「ノーチャイム方式」を採用した! 今、学校現場でチャイム不要が広がっていることを知るとき先見の明があったのではないかと自負している。
私たちは子どもたちに「挨拶」の大切さをいつも言っている。FSでの「朝の会」や「帰りの会」での元気のよい挨拶はどこの学校と比べて勝るとも劣るものではない。しかしいわれるように「起立・礼」の号令という形で行う始めと終わりの『けじめ』はない。これについては別に考えることにする。
全体としては(放送用・視聴用を一番考えるTV番組であることは重々分かっている!)義家さんの出番をつくった番組であったというのは私一人でなく生徒たちの感想でもある。
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