ホーム > 学校案内

私たちが、多くの人たちの期待にこたえてフリースクール札幌自由が丘学園をスタートさせたのは、1993(平成5)年11月1日のことです。今年は開校15周年になります。今日まで、250人以上の子どもたちをサポートしてきました。
2002(平成14)年、広域通信制の星槎国際高等学校と提携した「高等部」をスタートさせました。それは、フリースクールで過ごした子どもたちや、実際の高校生活になじめない若者に「安心できる居場所」と「それぞれにふさわしい学びの場」を準備することがいかに必要かを感じたからです。
翌年2003年3月、この高等部は北海道教育委員会から「技能教育のための施設」としての認可を受けました。
そして私たちの取り組みは、2005(平成17)年、文部科学省から「不登校対応実践研究事業」の委託校として指定されて今日にいたっています。
この15年間の教育活動から言えることは、不登校や高校を中退した子ども・若者たちの多くが「人間的なつながり」と自分に合った学びを求めていることを確認できたことです。それは「人間教育」そのものを、大人である私たちが準備しなければならないことを意味しているのです。
私たちの希望は、父母と生徒の希望でもありました
私たちは、一人ひとりの子ども・若者たちの成長の道筋は皆ちがうと思っています。それは大人である私たちのこれまでの歩みがそうであったからです。早く才能を発揮できる人もいるし、遅咲きの人もいます。誰もが未来の社会で貴重な役割を果たすことはいうまでもありません。私たちの教育の視点はここにありました。これは人間教育への確信でありました。そしてこのことは父母の希望でもあります。生徒たちもまた学校生活の中で自分への自信と生きる力を取りもどしてきました。
私たちの希望と目標は、父母の期待と希望、生徒の希望と一致しているのです。
北の大地に自由と共同の学校を!
北海道は、近代の日本に計り知れない教訓を創り出してきました。その最大なものは自由と進取、民主主義の精神でした。この地で人々は心を一つにして協力して創造の事業を展開しました。
私たちは、教育の根本は人との触れあい、常に学んでいこうという心、何が正しく何が間違っているかを表現できる力を目指すことにあると思います。
札幌自由が丘学園三和高等学校の開校は、私たちが最初から取り組んできた「北の大地に自由と共同の学校を!」の目標を具体的に展開することでもあります。
![]()
![]()


※「希望の樹」は学園だよりのタイトルでもあります
「通信制は年に数回通学する」は昔の話。通信制は、生徒が受けなければならない最低限の授業時間数が定められているだけなのです。だから、毎日通学したっていいんです!その条件を最大限に生かした学園のカリキュラムに、ゆとりが生まれ、自分自身の大切な時間が生まれます。その時間を活かして、自分の“これから”とじっくり真剣に向き合います。
紆余曲折を経て学園に入学する生徒達。長期間不登校をした生徒がいます。希望と夢を胸に高校進学をし、裏切られた生徒がいます。多人数の学校生活に何か違和感を感じる生徒がいます。そのような生徒たちに、同じスタートラインは無意味です。その先の同じゴールも意味はありません。コースの途中にある大切な物を拾い、自分のゴールを目ざします。
高校での授業崩壊や学級崩壊が当たり前のようになっています。そのような高校に夢や希望がもてず、絶望感を抱いたたくさんの転入生を私たちは受け入れてきました。青年期を迎える生徒たちに、大切な落ち着きのある空間と時間を保証します。どこの高校も同じではありません!子どもが安心して、のびのびと成長できる環境が大切です。“落ち着きと安心”が高校選択の重要なファクターの一つであることを実感できる生活が待っています。
自分を上手に表現できない。自分の考えが上手く言葉にできない。高校生年齢では、このようなことが多くあります。少人数制であるから、スタッフがより生徒に近づける、生徒と共に活動できる、その中で私たちは、生徒から発信されるさまざまな信号を受け取る努力を惜しみません。
子どもたちの多様な育ち方を援助することが「教育」の本質です。そして学舎(学校)は“共同”の原理に立っています。人との多様なふれ合いを行える場であるという意味です。札幌自由が丘学園三和高等学校は、まさに父母や札幌・和寒の地域の人たちが共同して「人をはぐくむ」学舎であることを内外に示していきます。
札幌自由が丘学園三和高等学校は、開校してまだ2年目の知名度の低い小さな学校です。この学校には、フリースクールとしての17年間の経験と実績をもとに小人数制の利点を生かした生徒一人一人に対しての献身的で熱心に指導をしてくださる個性豊かなすばらしいスタッフの方々と子供達の成長を心から願い、学校行事等に熱心に参加協力している保護者の方々の姿が、そして、 なにより一人一人が明るく・はつらつとし他人を思いやる優しい心を持った生徒達、仲間達とゆっくりとした時間の中で、自分を見つめ、自分の道を見い だしていこうとする力を付け、ゆっくりとでも確実に前へと進んでいる子供達がいます。 そのような子供の言葉に耳を傾け、保護者として信頼を寄せて力になり味 方になって一緒に歩んで行きたいと思っています。生徒・スタッフ・保護者の三者が共に学び共に育つ「共育」がある真の教育 の姿をこの学校に見ることが出来るように思われます。
【とっても小さな学校に一番大きな
がある。 】札幌自由が丘学園 を一言で表現するにふさわしい言葉です。
そのような場で有り続けるために、私達、保護者会は子供達の成長を願い・ そしてこの心豊かな小さな学校を応援するための活動を微力ながら行っていきたいと思います。
これまでの蓄積を基に、今後さらに子どもの立場に立った教育を展開されるよう期待してやみません。
![]()
少々個人的ではあっても、この「開校」はまさに感無量でした。私たちがめざした学校づくりは20年近い時間を経てようやく実を結ぶことができたからです。
開校に当たっての思いや、札幌自由が丘学園の取り組みの経過の一端は私の述べた式辞にあります。
開校式には、和寒の町長、議会議員、各界の代表、地域の関係者、参議院議員など実に廣い範囲の方がたが参加してくれましたた。そして終わってからの「祝賀会」でも多くの人たちから歓迎と開校激励の話があったことから、私は「これほど待たれていた、そしてこれほど讃えられた開校」はなかったと実感しました。町の人たち何人もの人から言われました。「これまで何度も『閉校式』を経験したが、『開校式』を体験できるなど本当に感動です」と。
三和高校本校での開校式はおおよそ次のように展開されました。
校長から「開校宣言と開校式辞」、
来賓として和寒の伊藤昭宣町長、浜田友子教育委員長、三和・菊野地区大瀬忠勇自治会会長からの祝辞、高校の保護者の小島仁代表と生徒代表として齋木彰太君の挨拶がありました。
また札幌国際大学の村山紀昭学長からの祝電も紹介されました。
これに続いて高校生有志たちによる「朗読劇『青い目の人形』」が披露され、式典に大きな花となって人びとの感動を喚ぶことになったのです。
開校式に続いて、恵み野ホールで「開校祝賀会」が開催されました。杉野建史学園長からの開会挨拶から始まって、金児義明議会議長、小川勝也参議員議員、酒井玲子北星大学教授からの祝辞がありました。
私の三和小学校時代の同期生の町中豊君と和寒中学校同期生の高岡晃正君からのお祝い、また三和小同期の山下サツ子さんからの花束など、たくさんのお祝いがありました。
田代里志教育長の乾杯に続いて、この場にふさわしいお祝いのムードがあふれた浜田徳友華さんの祝舞「竹」が演じられたのです。
学園の活動の一端をスライドで説明。札幌セーリング協会の波多吉光会長の祝い締めで閉会。
祝賀会の中で、10数年間この日の来るのをじっと待っていたダルマ大師も開眼を迎えることになったことは、私たち開校を取り組んで来た人たちからすれば、これまた感慨深いものがありました。
たくさんの「お祝いメッセージ」があります。その一部です。
「1990年5月19日、札幌サンプラザで『鈴木秀一・亀貝一義両先生を励ます会』を開いていただいたことが思い出されます」。
「先生と生徒が和やかに学びあう、笑顔あふれる学舎になりますよう」
「すばらしい年に入学することができ感謝の気持ちでいっぱいです」
「子どもたちも親も待ちに待った開校、心からお祝い申し上げます」
「開校おめでとうございます。子どもたち一人ひとりの可能性を開花させる場としての自由が丘の理念に共感し、感謝の気持ちでいっぱいです。仕事で参加できず残念です」
「Congratulations! S.J.G's Independence Day! 晴れて独立おめでとうございます」
「教育の夢実現に向けてここまで歩みつづけてこられました。スタッフの皆さまの活動にただただ頭の下がる思いでおります」
しかし問題はこれからです。私たちが掲げる「自由と共同の学校」をどうつくっていくのか、その自由の教育とは、学びの共同体とは何を特徴とするのか、テーマに向かっての具体的な取り組みは、これまでの成果を常に振り返りながらも着実に前に向かうスタッフの姿勢にかかっていると思っています。
※ 文責:校長 亀貝一義
開校宣言と式辞を述べる亀貝一義校長
朗読劇「青い目の人形」を演じる生徒たち
祝辞を述べる伊藤昭宣町長
祝辞を述べる大瀬忠勇自治会会長
祝舞「竹」を舞う浜田徳友華さん
トップ記事で報じた道北日報
2009.4.25 札幌自由が丘学園三和高等学校校長 亀貝一義
2009年4月25日、私は札幌自由が丘学園三和高等学校の開校を宣言します。
開校宣言に引き続き、ご挨拶と開校に当たっての式辞を申し上げます。
札幌自由が丘学園三和高等学校の開校式にお集まりいただいた生徒、父母、和寒の人たち、そして私の小学校中学校高校の同期の皆さん、さらに日頃私たちをご支援して下さっている方がたに、まず初めにお礼を申し上げたいと思います。ありがとうございました。この機会に、私は大きくは三つの点をお話したいと思います。
Ⅰ.私の育った学校と環境、そしてなぜ新しい学校をめざしたか
私は、昭和25年(1950年)にこの小学校を卒業しました。次いで和寒中学校にかよったのですが、当時はまさに戦後の教育のよさを体験できたと思っています。それは、つめこみではなく実際の生活と結びついた勉強であったのではないでしょうか。人と人とのふれ合いのすばらしさ、そういう体験を積んだ私は、大学を終えてからの教師生活で、どうも現在の教育が本当に子どものためになっていないのでは、という感じを持ち続けることになりました。
いわば和寒での子ども時代があったからこそその後の教育の仕事を続ける力になったと思っています。
1980年代、教育をめぐって実に深刻な問題が表に出てきたことは皆さんご承知のことだと思います。端的にはいじめとか暴力、子どもの自殺とか非行など。そして学校には行けないという登校拒否の子どもたちの増大、など。こういう状況を見ながら、私は何人かの人たちと「今の教育と学校に風穴を開ける意味をもつ新しい学校」をめざそうではないか、と決心しました。それが1990年のことです。その時から20年近い年月が流れました。不登校の子どもたちやいろいろな事情で今日の教育になじめない子どもたちのためのフリースクールを札幌の地で取り組んできました。当初6名から出発したフリースクールでしたが、現在の札幌自由が丘学園は、70数名の高校とあわせて90名の学校になりました。
私は、この三和小学校を旧友といっしょに訪れたのは12年前の1997年の4月27日のことでした。この年の1月にこの校舎が完成していましたから完成直後でした。2回目は5年前2004年3月に行われた閉校式でした。閉校式にも参列し、さびしい思いをもったことを覚えています。
2年前から、札幌自由が丘学園高等部(これは芦別市に本部を置く星槎国際高校の札幌教室の意味をもっていました)を独立させることができないか、と真剣に議論し始めたのですが、この議論と三和小学校校舎の活用がぴったりつながったわけです。そして昨年7月私たちの希望していた通信制の高等学校を設置する認可を、和寒町が行ってくれました。
「今の、教育と学校に風穴を開ける意味をもつ新しい学校」という私たちの願いは、子どもを中心とした学校をつくることです。これはいうほど簡単ではありません。子ども中心の教育活動を行うためには、実にしっかりした教師たちの心の一致が必要です。「自由な教育」というのは、型にはまったことを重視する管理主義の教育よりもはるかに教師の指導性が問われるものです。つまり、子どもたち一人ひとりの可能性を、どう自覚させどうこれを引き出すか、を知らなくて子ども中心の教育などできるはずがないからです。私たちは、この理念にもとづく教育を、いわば発展途上ですが、さらに試行錯誤を繰り返しながら展開していきます。ぜひご期待ください。
Ⅱ.学校づくりの目標である「北の大地に自由と共同の学校」について
学校づくりの活動を始めて以来、私たちの掲げてきたひとつのスローガンは「北の大地に自由と共同の学校」をつくるということでした。これは3つの内容をもっています。北の大地である北海道を次の時代にどう活かすか、自由の教育とは子どもの力を高めることに通じる、そして共同の学校とは子どもたちの共同、サポートする大人たちの共同、そして子どもとサポーターの共同という内容です。これらをまとめると「北の大地に自由と共同の学校づくり」というテーマになります。私たちの今の課題であり、これからの課題でもあります。
Ⅲ.和寒、三和との連携の意味
これから行われる朗読劇「青い目の人形」があります。私が在学していたとき、この人形の話は全く知りませんでした。昭和の初めに(今から80年以上前です)アメリカの子どもたちが日本の子どもと友情を固めようと12,739体の小さい人形を送ってくれました。日本各地の小学校などに送られましたが、日米の戦争の足音が高まる中で「敵国アメリカからの人形」を壊す動きが広がり、ほとんどが破壊されました。しかし1960年以降、あちこちの学校で壊されたはずの人形が見つかったのです。しかし12,739のうち発見されたものはたかだた252体です。そのうちのひとつがこの三和小学校にあったのです。たぶん、壊すことを拒んだ校長先生などがひそかに隠していたのではないでしょうか。小さくはあってもそういう平和と友情のシルシを受け継いでいた三和小学校の伝統を忘れることはありません。
そして、私たちの希望であったひとつの学校の設立を受けとめてくれた和寒の理事者と地域の皆さん、支援してくれた私の小学校中学校の同期の皆さん、その他多くの支援を寄せていただいた方がたの気持ちを片時も忘れることなく、都市と地方の連携と共同の事業を前進させていきたいと決意しています。それは教育と学校の分野だけでなく、多様な形の多様な分野の連携と共同に発展させることになると思います。
終わりに、紹介したいことがあります。今日の日を記念して、私たちの学校のシンボルマークをつくりました。菱形は北海道を表しています。まさに北の大地にたつSJG(札幌自由が丘学園)を表現しています。
最後に、あらためて札幌自由が丘学園三和高等学校開校にあたってご支援とご協力を賜ったことに深く感謝申し上げ、同時に開校おめでとうございました、とお互いに確認しあって、私の挨拶を終わります。
札幌自由が丘学園三和高等学校は、北海道上川郡和寒町が内閣府から構造改革特別区域の認定を受けたことによって設置することが可能となった株式会社立の通信制・単位制の高等学校です。
いうまでもなく、学校教育法第一条で定められている正規の学校です。この原点になったのは、15年間にわたるフリースクール札幌自由が丘学園の活動実績でした。
優しさと温かさ、ふれあいが
人生を豊かに輝きのあるものにしてくれます
今回、開校します札幌自由が丘学園三和高等学校が所在する和寒町は、越冬キャベツやかぼちゃなどの特産品に代表される農業が盛んなまちであり、カヌーやキャンプ・スキーといった、豊かな自然を生かしてのアウトドア活動を楽しまれる方々に親しまれている町であります。
また、毎年4つの「全日本選手権(モトクロス・トライアル・スノーモービル・玉入れ)大会」が開催されているほか、和寒町では子どもからお年寄りまでがスポーツに親しむことを目指し『スポーツの町』を宣言し、だれもが参加、楽しめるスポーツの推進として自治会対抗の「町民大運動会」を開催し多くの町民が1日スポーツを通じて交流を深めています。
この町を訪れることになる皆さん、普段の生活では体験することができないカリキュラムを通じて、自然の恵みや、まちの人々の優しさ・温かさ・ふれあいをとおした地域の特色を生かした教育力に期待していただきたいと思います。それがきっと、皆さんの人生をより豊かに、より輝きのあるものへと導いてくれることでしょう。
感性と知性を大切にし、人間が生来持っている心と身体の豊かさや、しなやかさを育てようとする札幌自由が丘学園三和高等学校を、町はもとより地域をあげて歓迎し、応援いたします。
![]()

































