新聞記事

桑名

先日、新聞の投稿欄に作家の早乙女勝元さんの投稿があった。

昔から我が家に何冊かあり、小さいときから何気なく読んでいた。ベトナム戦争をあつかった『ベトナムのダーちゃん』。米軍機墜落事件の『パパママバイバイ』。
子どもの頃はよくわからなかったです。正直「怖い」という感情が先に出ていたと思います。同じように『はだしのゲン』もとっても怖かった・・・。

ただ、成長と共に歴史を学び少しづつ実際になにがあったか。知識として知っていく中で捉え方が変わってきたと思います。
若いときには大きな歴史のひとつ、こういう事実があった。で、完結していた。
「遠い過去のこと」「終わったこと」という意識がどこかしらにあったように思う。
「共感する」もっというと、想像する力が足りなかったと思う。この歳になってどう変わっただろう。

今、早乙女さんの本を思い返すと、普通の何気ない日常を送っていた人々が投げ込まれた現実がどのようなものであったか、とても淡々と綴られていると思う。
日常が壊れるとき、それは何時来るかわからない。

3月11日をむかえ、昨秋の地震とともに災害が人の力の及ばないところで突如起こると私たちは体験した。
人の力は自然に対抗できない。
しかし、人が起こす戦争・紛争はくい止められる。

早乙女さんの投稿は東京大空襲の直後、隅田川の橋に級友の安否を求めて向かった情景を描いていた。
桜並木の木々に犠牲者の衣類がからまり、一面の満艦飾だった・・・とあった。
その一枚一枚に人々の笑顔があり生活があったはず。
続いていた日々の生活。断ち切られた日常。避けられた可能性。何があったのか「継承」していく必要性。
それを感じる投稿だった。

なんで歴史って学ぶの?昔のことやってどうすんの?社会科の先生をしているとよく聞かれる質問です。
私は「壮大な人類の物語を読んでるんだよ」とはじめに答える。
そして、
「人間はいっぱい失敗する。面白いくらい同じ間違いを繰り返す。だから失敗が少しでも小さくなるように過去の失敗から学んでくんじゃない。それが歴史の勉強だと思っている」と答える。

東京大空襲も原爆投下もベトナム戦争も知らないと答える人が増えている。
あと10年もしたら東日本大震災も知らないと答えられてしまうのではないか。そんな心配がふとよぎる。

未来を切り開いていくことは大切なこと。
私たちは過去と向き合うこと、伝えることを怠ってはいけないと思った。そんな3月のはじめでした。

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