「せめて」の呪い

高村さとみ

せめて学校に週に一日でも登校してくれたら
せめて家では勉強をしてほしい
せめて生活リズムはちゃんとしてほしい
せめてフリースクールに行ってくれたら

 これまで親御さんや学校の先生からたくさんの「せめて」の言葉を聞いてきました。この「せめて」の言葉はなかなかに厄介です。例えば子どもが週に一日学校に行き始めると、次には「せめて週に二日」がやってきます。「せめてフリースクールに」が、いざ子どもがフリースクールに通い始めると「せめてフリースクールには休まず通ってほしい」となります。「せめて」には限りがないのです。また、「せめて」は話者の主観でしか語られません。話者の中に「これぐらいはクリアしてほしい」という基準があって、しかもそれが一般常識であるように語られます。しかし、どの世界のどんな常識を取り上げるかを選択している時点で話者の主観が入っています。不登校の子どもは全国に12万人もいるのですから「不登校は常識」と言ったって過言ではないと思うのですがどうでしょうか。

 親御さんが子どもを思う気持ちも、先生が将来を心配する気持ちもわかっているつもりです。私も子どもがいれば同じように「せめて」を望んでしまうかもしれません。それでも私は言います。「せめて」で子どもを追いつめてはいませんか。

 もうすぐ9月1日がやってきます。毎年子どもの自殺が最多となる日です。北海道は来週から新学期が始まります。フリースクールの問い合わせも長期休み明けが一番多くなります。子ども自身の気持ちを拾えていますか。言葉では何も言っていなくても、表情はどうですか。いつもとちがうところはありませんか。「せめて」の言葉は話者に対しては子どもの気持ちを見えなくし、子どもに対しては圧力と罪悪感を植えつけます。「せめて」の呪いにかかっては(かけては)いませんか。

 昨年、フリースクールの子どもたちとつくったメッセージです。呪い解除のきっかけになりますように。

フリースクールからのメッセージ.pdf

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カレーの思い出

三和高校 本間 香菜

札幌自由が丘学園のカレー王子と言えば、フリースクールスタッフの新藤さんですが...。今回は私のカレーのお話。

三和高校は、先週末から1・3年生が夏季スクーリングにでかけています。2年生の生徒と数人のスタッフが残る札幌学習センターはとても静か。そんな中、話題にあがった「カレー」。今回のスクーリングでは、カレーコンテストが行われます。1・3年生の各グループは事前にどんなカレーにするか話し合って行き、最終日には野外での火起こしからのカレー作り。この事から、札幌学習センターでも、カレーの話に。

亀貝先生は、カレーが好きでないことがわかったり、豚肉派、牛肉派、シーフード派などの話が出たり、「私はピーマンが好きだから、ピーマン入れるんだ」「うちはレンコン入れるけど、美味しいよ!」など。様々なカレーの話に。

私の印象に残っているカレーの思い出は、カナダにいた頃の2つの思い出。2014年の春、私はカナダへ飛び立ちました。

最初に滞在したのはトロント。夏の間の3か月間、パワフルなお母さんの元で、ホームステイをして過ごしました。その滞在中に私は、ホームステイファミリーと一緒に様々な料理をつくりました。特に、金曜日はブラジル人のルームメイト'カリーナ'と私の交代でそれぞれの国の家庭料理を作っていました。その中でとても好評だったのが、カレーライスでした。日本にもカレーがあるなんて!と、びっくりしながらも、とても美味しいと喜んでもらいました。日本のカレーが温かい夕食を演出してくれた思い出の夜です。

次に私が滞在したのはバンクーバー。ここでも最初の2か月をホームステイで過ごしました。滞在したのは、インドからカナダに移住したおばあちゃんのお宅でした。ここでの食事は、毎日がカレー味の炒め物や煮物。いわゆる日本のカレーとは全く違い、いろんな野菜がカレー味になって出てくるというイメージ。大きな庭があり、毎日新鮮な野菜を収穫して調理してくれるのですが、味付けはそれぞれ少しずつ違うものの、全てカレー味。イメージしていたインドカレーとも全く違いました。「インド料理は全部カレーなのよ。」(※カレー味=カレー)と言われた日は衝撃でした。あの頃、毎日食べていた、私にとってはカレーのようでカレーでないカレー。思い出すと、また食べたくなるなんて不思議ですね。

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久しぶりの「ハゲ」という単語

亀貝 一義

頭髪が薄くなり出したのは今から40年ほど前からでした。そのころ、しばしば「ハゲてきましたね」とか、「あまりハゲないように今から毛生え薬を使った方がいいですよ」とかいうちょっとした冷やかしとか、またちょっとした忠告とか、耳にすることがありました。

その後「ハゲ」だけでなく、身体に関する昔からの気持ちを不快にさせるような語はどんどん消えていきました。聴覚、視覚などの不自由を表す語、歩く場合の障害を表す語、そして顔(容貌)関連の単語です。怪異の容貌をもつ「ノートルダムの○○○男」とか、視力はないがものすごい剣のウデをもつ座頭市など、多分これからはそのままの形では映像として流されることはないのではないでしょうか。

しかしながら(ここからが本文)つい最近、この「ハゲ」という私にとってはあまり気持ちのよくない単語がテレビから突然流れてきたことで少々驚いたり、懐かしい語として受け止めたりしました。
ご存じでしょうが、自分の年長の男性秘書を徹底的に罵倒し、あまつさえ傷まで負わせた自民党の(今は離党しているようですが)豊田真由子衆院議員のセリフでした。

週刊誌報道では豊田氏は後部座席から「このハゲーーーっ!」「ちーがーう(違う)だーろーーーっ!」などと運転中の秘書を罵倒し、頭や顔を数回殴り、ケガを負わせたとのこと。

この非常識きわまりない衆議院議員の豊田氏は、東大卒業でアメリカのハーバード大学大学院に入学してその大学の「修士」号を持っているというスゴイ学歴をもった女性議員ですが、人格はオソマツ女史というべきでしょうね。

彼女はあらためて、ハゲという懐かしい語を思い出させてくれて、同時に人はその学歴などで評価できないのだということを、身をもって教えてくれた「反面教師」議員でした。

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「スマホ狂」?時代

亀貝 一義

「狂」という字はあまりいい意味をもっていない。例えば「狂っている」などという言葉でいえば今は使ってはいけない語ではないだろうか。「プロ野球狂」などという語では、プロ野球に熱中している人の意味で、「野球マニア」と言ってもいい。

私はJR通勤なのだが、JRの中ではとにかくスマホを手にしている人が多い。ネコもシャクシもスマホだ。私はこういう現象をずっと昔、チャップリンの「黄金狂時代」などという映画があったことを思い出したが、この語を利用させてもらって「スマホ狂時代」と言いたくなる。

かくいう私も時にはスマホを手にして、メールを見たり、ネットで調べ物をすることもあるから他人ごとではないのだが。

乗り物の混んでいる時に、顔が目の前にあってもスマホをいじっている人がいる。後ろを向いていじればいいのにと思っていたが、後ろを向いてやれば、背中越しで何を打っているか、何を書いているか知られるかも知れないということでこういう姿勢でスマホをいじっているのだと分かる。「こんなに混んでいるときにバカでないのか」と心の中で思っても、それでことさら自分が困らされるわけでもないから「黙認」しているのだが。

車中スマホに熱中している人は男が多いか女が多いか、ざっと数えてみた。気持ちだけではあるが、どうも女性の方が多い感がする。

スマホが普及したり、PCが普及したりで、人びとの受け取る情報は計り知れず多くなっていく。だから自分の好きな分野で言えば、想像できないほどの知識量を持ち合わせている人が多いのではないか。

ずっと昔(1000年ほど昔の平安時代)、ある娘は「本を読みたい、小説を読みたい」と小さな仏像を創って毎日拝んでいた。そして願いが叶って京の都に行くことになって、たくさんの物語を読むことができて幸せを感じ取ったという「更級物語」を思い出したが、何と今は自分の希望が容易にかなえることができるようになったことに感謝したい。この物語の終わりはメデタシではないのだが。

ウチの生徒諸君も授業のないときはスマホを大いに役立てている。授業中、これをいじっている生徒はほとんど見ない。他の高校の先生から「何度注意してもスマホを離さないから、登校したらこれを強制的に先生が預かることにしている」などということを聞いた。こういう「苦労」をしなくてもいいからわが校の生徒はいい生徒だと思っているのだが。

願わくば、スマホ狂時代が多くの国民にとって政治や社会への認識の深まりと社会を少しでも暮らしやすくしていく発信の時代が広がることだが。

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春の再会

                  田房 絢子

生徒と話していると、ふと自分の曇り色の高校時代を思い出します。

あの頃の自分が大嫌いで、なぜだろうどうしようとずっと思っていました。

いつも悩んでいた毎日。日々悩みを見つけようと、そこらへんの道ばたにまで

目を凝らしていた気がします。悩みを食べて生きている生き物ですよ、思春期って。

その経験が後に役に立つことなんてこれっぽっちも分からずにいましたが、

あの時代にどれだけ悩むかが大人になってから大切なことなんだと今では思っています。

なんであんなに悩んでたんだろう?って正直思いますけどね(笑)

そんな高校時代の恩師と先日ゆっくり話す機会を持つことが出来ました。

大人になって、同じ職業に就いたことで見えてくることもあります。

降って湧いてくる思い出話に、久しぶりに時間を忘れました。

そして思ったことは、意外と私はいろいろな経験(明るい意味で)をしていたこと、

あの3年間を混沌とした時間としてまとめてしまっていたことで、

色褪せてしまったことに気がつきました。考えてみれば明らかなんですけどね。

他の人の視点だからこそ発見があることに、また改めて思い知らされた出来事でした。

それにしても、高校を卒業して20年が経ちました。

色褪せずにいる恩師との時間に、春の再会に、感謝感謝です。

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実習生になりました

高村さとみ

 新学期が始まって数日が経ちました。生徒たちはいろいろな春休みの思い出を話してくれます。旅行に行った人、趣味に没頭した人、それぞれ休みを満喫したようです。私はというと、冬休みと春休みに合わせて24日間もの実習に行きました。私は今、社会福祉士の資格をとるために通信制の専門学校で勉強中なのです。フリースクールには毎年実習生の方がいらっしゃいますが、まさか自分が実習生の立場になるとは思ってもみませんでした。社会福祉士の実習としてももちろん学ぶことがたくさんありましたが、「実習生の気持ち」を味わうことができたのもよかったです。
 私は実習先のことを理解するために、その団体の「理念」を知ることが必要でした。理念が前提としてあって、それを実現するために団体の活動があるという理解なのです。それは定款や広報物に書かれているものもあれば、職員の仕事に対する思いでもあります。職員の方の思いを聞くために私は「自分の団体のことを、全く知らない人に何と説明するか。」と「利用者に将来どのようになってほしいか。」という2つの質問をしました。特に後者は理念に関わる個人の思い、というのがあらわれると思います。実習を終えるころにはこの質問に私自身も答えられるようになろう、と意識して日々を過ごしました。
 もう一つ。一日一日、目標をはっきりさせなければ実習はあっという間に終わってしまうものなのだとも感じました。実習計画に沿って実習先で学びたいことを具体的に考えていったつもりでしたが、日々の中で計画どおりに進められないこと、さらに加えて学びたいことが出てきます。そうしたときに、どう軌道修正して最終的に学びが深まるようもっていくのか。それをしなければ、一日が終わっても焦点のぼやけた振り返りになってしまいがちでした。
 さて、今年は初めてフリースクールの実習を担当します。良いタイミングで「実習生の気持ち」を味わうことができました。実習生がより多くの学びを得られるよう、今回の経験を生かして実習内容を組んでいくつもりです。生徒たちも実習生が来るのを心待ちにしていますが、私も今からワクワクしています。

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旅立ちの日

三和高校 本間 香菜

 札幌自由が丘学園のすべての卒業式が終わりました。私は、三和高校の全日コース・月1コースそれぞれの卒業式、フリースクールの新しい旅立ちを祝う集いに出席し、3週間連続で毎週感動し、胸いっぱいの時間を過ごしました。

 その中でも私にとって1番の本番は、やはり担任をもつ月1コースの卒業式。9月に行った月1コースの卒業式を思い返すと、卒業までの準備もばたばたのまま、私にとって初めての自分の生徒の卒業式をあっとゆう間に迎えました。当日には、一気に卒業式の寂しさと感動との複雑な感情を実感し、出席をとるだけで寂しくなり、卒業式の最中には涙をこらえられずに号泣しました。また、生徒たちへのメッセージを伝える場面では、落ち着いて息も出来ず、きちんと話すこともできない程でした。

 今回の卒業式では、事前にスライドを作ったり卒業生それぞれにお手紙を書いたり、様々な準備をしながら「卒業までに様々な課題を一生懸命クリアしてきた生徒たちの成長」「一緒にたくさんの思い出を作って過ごしてきた彼らが去るという寂しさ」が込み上げて来てはこっそり泣き、こんな状態では本番にはどうなるのだろう...と思って過ごしてきました。

 その一方、この準備の中で、月1コースの生徒の授業以外での学校の思い出の少なさを改めて実感しました。そのため今回は、数少ない行事の1つである卒業式を、卒業生にとっても在校生にとっても楽しい1日したいと考えました。

 結果、3月10日の卒業式。感動で涙した瞬間もありましたが、生徒以上にはしゃぎ、寂しさをすっかり忘れて卒業式を楽しみました。(生徒にとっても思い出の1日になっているといいなぁと願います...)

 しかし、楽しかったと同時に一気に終わってしまった卒業式。終わった後から、卒業生との最後の1日がもう終わってしまったという事を実感し、一気に寂しさが込み上げてきました。卒業式帰りの札幌に向かう車内、翌週の学校は「卒業生たちがもう三和の生徒でなくなってしまった、もう学校に来ない」という寂しさが一番のピークでした。数日経った今でさえ、その寂しさが時々顔をだします。

 けれど、教員になって初めてのクラスで今回の卒業生を含む生徒たちと過ごし、たくさんの事を教えてもらった1年間。卒業式の嬉しさと寂しさを思い知った今年度の2回の卒業式。今は、何よりも感謝の気持ちでいっぱいです。これから何回、こんなに寂しい思いをするんだろうと思うと恐ろしい気持ちもありますが、今の在校生たちが成長し卒業していく時はどんな顔をしていくのだろう・・・という期待の気持ち。

 この気持ちとともに、これから先も私の学校生活が続いていく事でしょう。

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春はあけぼの。

 高村さとみ

 料理漫画が好きだ。

 「きのう何食べた?」「花のズボラ飯」「高杉さん家のおべんとう」「甘々と稲妻」「いぶり暮らし」。どれも日常の自炊をテーマにしている。これらとはやや趣旨がちがう漫画で「ワカコ酒」というものがある。20代の女性が一人店に入って酒を楽しむ漫画だ。内容はおつまみとそれに合わせた酒の描写が大半を占める。私も20代半ばから一人飲みを始めた。多人数の飲み会も楽しいが、一人だと自分の飲みたいお酒、食べたいおつまみを自分のペースで楽しめる。家でも店でも楽しい。飲むお酒はもっぱらビールか日本酒である。好きなおつまみナンバー1を決めるのはとてもとても悩ましい。その時の気分、家で飲むのか、店で飲むのかなど状況によりけりだ。
 疲れているときはジャンクなものが食べたくなる。ポテトチップスのような菓子類やコンビニのレジ横に並ぶコロッケ、唐揚げなど。逆にこういうものを店で頼むことはほとんどない。たまに無性にソース味のような濃い味が食べたくなる時もある。これらには第3のビールがいい。すっきりしたビールと油、濃い味の組合せが好きなのだ。
 気分が良いときも落ちているときも日本酒がいい。気分が落ちているときには熱燗で体からあたためたい。ゆっくりじっくり飲むには塩辛や酒盗、ホタルイカの沖漬けなどの珍味。ちょびっと食べて、ちょびっと飲んでで永遠に酒がすすむ。気分の良いときは冷酒。日本酒はどれも好きだが、フルーティな香りの広がるものが特に好きだ。冷酒に合わせるならあたたかいおつまみがいい。おでんや煮物は具もおいしいが、正直だし汁だけでもおいしく飲める。
 店にあるとつい頼んでしまうのは、レバーやモツ煮などの内臓系。家で飲むときは上記のように安く手軽なものがいいが、店では家であまり食べないものを食べたい。レバーはたれで、焼き過ぎていないふわふわのものがいい。焼き鳥にはビールだ。
 漬物や刺身などさっぱりした味わいのものには日本酒がいい。刺身はそのままでも昆布じめでも漬けでも全ておいしい。牡蠣もあればつい頼んでしまう。焼きか蒸しでレモンをかけたい。おととしの夏、福島で食べた牡蠣が忘れられない。北海道で食べるものと形からしてちがう。まんまるでぷっくりしていて大きい。1つ食べるだけでもものすごい満足感だった。(以降、300余段までつづく)

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新しい年がスタートしました

札幌自由が丘学園 亀貝一義

2017(平成29)年がスタートしました。いつものことですが、今年(は、こそ、も)いいことがかさなるように、と誰もが祈ります。

私は今年も初詣(はつもうで)に行きました。家族とそろってです。「家族みんなが健康であって欲しい。神さまお願いしますね」と、お賽銭箱に150円を投じていのりました。二礼二拍手。西区の西野神社にお昼頃に行ったのに大行列(この神社はごりやくがあるという定評ができたといいます)。

新年を迎えていつも思い出すのは万葉集の一番さいごの歌です。万葉集を編んだといわれる大伴家持の作と伝えられています。

あたらしき としのはじめの はつはるの けふ(「きょう」と読みます)ふる雪の いやしけ吉事(よごと)

という歌です。

新年を迎え、今降っている雪がつもるように、今年もいいことがかさなるといいな、と誰もが心に念ずることを歌にしたものです。この歌が万葉集の一番最後であること、編者の家持はこの後活躍をやめています。だから彼自身のその後のことは分かりません。いいことが重なっていたか逆であったか。それはともかくとして、いいことがあって欲しいという新年の期待・希望が表れるいることを確認しながら、1000年以上たった今でも人は同じことを祈るのだな、と思って欲しいということです。

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終業日

3学年担任  田房絢子

先週22日に無事、終業日を迎えました。体調不良に悩まされていた生徒も復活して一安心。幸いにもインフルエンザに倒れてしまう子が誰ひとりいない2016年の終わりです。

でも終業日を迎えたと言うことは、3年生は冬休み明けの試験ウィークを最後に家庭学習期間に入ります。補習があるかどうかはひとまず置いておいたにせよ、クラスとしてみんなで顔を合わせるのは片手で収まることになってしまいました。12月に入ってからカウントダウンの暦を作り、日ごとめくったページも残りわずか。一枚めくるごとに心に空いたぽっかり穴がどんどん広がっていくようです。

2016年は「とにかく忙しい」という言葉で覆い尽くされていました。校務はもちろんいつだって忙しいのですが、そうではない所でひとり忙しくしていました。気持ちがずーっとずーっと、とってもとっても落ち着かないのです。いや、正しく言えば気持ちが穏やかなのに落ち着かないといった所でしょうか。これは3年生を担任した日から始まっていました。担任が決まった日から、一緒にいられる喜びと、そして卒業を見送るだろうその日の悲しみが始まりました。

卒業しても1人ひとりには会えるけど、みんなには会えません。

これは最初からわかっていたことなので、覚悟はしています。

でもきっと想像以上に私にダメージを与えることになりそうで、ちょっと怖くもあります。

でも、みんなの新しい出発の2017年なら、私にとっても再出発です。

どれだけ悲しい思いをしたとしても、それを越えるような発見や喜びもあるでしょう。

そうやって年を重ねて、見送って、一つ一つ積み重ねていくのでしょう。

年末のこんな天気だから感傷的な気分になっているのかもしれませんね。

あーあ、卒業式後の教室が今から憂鬱です・・・。

ある生徒が言っていました。「田房さんは大丈夫大丈夫って言い過ぎだよ~。大丈夫じゃないから!」

「大丈夫」これは12年前に初めて担任を持ったときからの、私の座右の銘なのです。

そんな今こそ自分に言い聞かせます。「大丈夫。きっと大丈夫だから。」

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