「選べなかった年」に

フリースクールスタッフ 新藤理

 今朝の道新に、社会学者の大澤真幸氏が小論を寄稿していた。「2014年という年は『日本人が自ら何も選択しなかった年』として振り返られるだろう」というその内容に、いつもこの人の論は明快ですごいなあという思いと、その「日本人」の中に間違いなく自分も含まれているのだという胸苦しさの両方が去来した。
 「何も選択しなかった」という状況を端的に表すのが先の衆院選だった、と大澤氏は書く。降ってわいたようなあの選挙は、たしかに国民に何をも運んでこなかったという感が強い。でも、私たちには自らの希望を(「ぜひこの人に」というより「まだこの人のほうがマシ」という選び方ではあっても)表明する権利がある。今よりほんの少し、私たちそれぞれが社会のありようについて踏み込んで考えてみればいろいろなことが変わっていくかもしれないのに...と、衆院選での投票率の低さを残念な思いで振り返りながら新聞を読んでいた。

 しかし、考えてみれば、そもそも自分はどうして選挙に行くのだろう。「国民の権利だから」「社会をよりよくするために」という理由はもちろん正しいけれど、なんとなく模範解答でありすぎるという気がしないでもない。以前このことをちょっとじっくり考えたことがあって、結局それは「家族がいて、家族のことを愛しているから」ということと「教育の仕事をしていて、生徒たちに選挙に参加する自分の姿を見てほしいから」という二つの理由に落ち着いた。まあこれはこれで無難な答えになっているかもしれないが、私にとってはそれなりに切実な命題だ。
 ならば、と逆に自らに問う。もし教育の仕事をしていなくて、家族も持たない孤独の身だったとしたら、それでもお前は投票所に行くのか、と。実は、この問いへの答えは未だに出せないでいる。たぶん私のことだ、どんな仕事をしていても経済的に裕福に暮らしているということはないだろう、でもその時に「経済を立て直してくれる人に一票入れに行こう」という気持ちになるだろうか。なんだかあまりならないような気がする。あるいは、「世界の平和に貢献するであろう人に一票を...」「福祉の充実に力を入れる人に...」どうだろう。やっぱりそれほどピンと来ないかもしれない。結局のところ、私が少しでも公民的な存在として社会をより良くしていきたいと思う願いは、家族や生徒たちなど私のそばにいる人たちの存在によって成り立っているものなのだと思う。
 現実には、そうした隣人たちを持たない人だってたくさんいる。そしてその中には(私がそうだったかもしれないように)選挙に対するモチベーションが湧かない人もいるだろう。彼らに向かって「投票率が低い! 意識が低い!」と大声で責め立てることは私にはできない。ただ、何かを変えられないだろうか、とは痛切に思う。私がこうして教育の仕事をしていることが潜在的に「何かを変える」ことにつながっていればいいのだけれど...と、ひとまず一縷の望みを託して日々を送り、気づけば2014年が終わろうとしている。

 そんなわけで、いつもつくづく感じていることだけど、新藤の今のありようは、大人も子どもも含めた周りの皆さんのおかげによってできているものです。皆さんがいなければ自分は何者にもなっていなかったんじゃないか、本気でそう思います。長くてしまりのないこんな文章を最後まで読んでくださったあなたであれば、その「皆さん」に含まれている可能性が十分にあります。今年も一年、お世話になりました。2015年もどうぞよろしく。

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うま

安齊 裕香

やってきたこの時期。

札幌もとうとう雪が積もりましたね。

今年が終わりますね~。

年末近くなっての楽しみの1つは競馬です。

最近のマイブームです。印象は良くないと感じる人もいるでしょうが・・・。

かわいいもんです。お友だちと『馬部』を作って土曜の夜に次の日のレースの会議。

その程度です。

大人になって、仕事して、結婚して、学生時代ほど友だちと遊ぶことがなくなってきて、なんか友だちと遊ぶのに飲みにばっか行くのもなぁと思ってきた矢先でした。なんとなく"G1のみ1000円だけ"のルールで始まったのです。

やってみると馬部の勝率はなかなか。わりと誰かは当たっているのです。

大学の頃にも少しやっていたけど、久々に真剣に考えているG1レース。

みんな毎回真剣なんです。毎回4人~6人くらい集まってみんなでスポーツ新聞みながら予想するという。いつもお酒は誰も飲もうとしないし。競馬というよりこの時間が好きです。あーだこーだ言いながらみんな真剣なのです。

なにかに向かって真剣になれている時間と、なんとなくみんなが集まっているこの時間が好きです。G1前の土曜の夜は集合です。

さぁ楽しみな年末の有馬記念。

投票もしました。

年末ジャンボも楽しみだけど・・・。

そんなことばかり言っていると、私ギャンブルしかやらない人みたい。

そんなことないです。

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冬が来れば~思い出す~

『冬が来れば~思い出す~』 学園長 杉野建史

この数日でやっと札幌らしい冬になりました。

本校がある和寒町も去年と比較して降雪量が少なく、冬本番とはまだなっていません。それでも気温は札幌よりも低く、月1コースのスクーリング日はいつもよりも厚着をして身構えて行きます。

本校舎は勿論暖房完備で築年数も札幌の施設よりも新しいので、外気温は札幌よりも低いのですが教室は札幌の教室よりも断然温かく感じます。授業をしていると汗ばむこともあります。教室から見える畑には和寒町名産のかぼちゃが植えられていて、夏には濃い緑色の立派なかぼちゃの葉を見ることができます。今は真っ白な雪が降り積もり、そこに正体不明の足跡がついている風景を見ることができます。

学生の時にスキーに熱中していたので冬はとても好きな季節なのですが、この十数年はヨットやスクーバーダイビングに熱中しているため、年中夏が恋しく夏が大好きなのです。そうしてこの時期、夏に後ろ髪をぐいぐいと引かれる思いがするのです。

和寒で生徒とカヌーをしたり、銭函の海でディンギー体験をしたり、小樽の海ではクルーザー体験をしたりする。そんな太陽ぎらぎらで、汗だらだらの夏が...と妄想してしまうのです。そして毎年お世話になっている鹿児島県の与論島の海。この海にどれだけ癒されていることか~。透きとおる水と潮風。何も言うことはありません。

冬が苦手な方がいらっしゃれば、どうぞこの写真で暖まってください。

1枚目はフェリーが着岸する与論港の浅瀬です。

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2枚目はウミガメが泳いでいる姿です。(見づらいかもしれませんが...)

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3枚目は毎年宿泊する施設の前にひろがるプライベートビーチです。毎年、ここで生徒達は与論の海を満喫します。

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オンラインな人たち

田房絢子

 めいっこたちが大きくなってから、よくLINEを使って連絡が来ます。遊びに来て、とか○○はどうなった?とかスタンプと一緒に送られて来ます。使っている漢字や言葉遣いを見る度にかわいいなぁとか、大きくなったなぁと叔母バカ炸裂ですが、このSNS、そしてスマホというものが当たり前のように身の回りにあふれている彼女たちに対して一抹の不安を覚えるのも確かです。

 今の子どもたちは文字でやり取りをすることに慣れすぎていて、直接顔を見て話しをする機会を減らしているように感じます。ケンカや仲直りをSNS上で繰り広げ、会ったときにはまるで何も無かったかのようにしているかと思えば、顔も知らないような相手が時に心のよりどころになったりします。ちょっと離れますが、あるオンラインゲームでは気に入らない対戦相手に対して罵倒のメッセージを送りながら戦うんだと、何人かの生徒に聞きました。インターネットが普及してからこのような事態はすでに始まっていたのかも知れませんが、ここまで当たり前に身の回りにあるとちょっと気後れしてしまうのは時代遅れでしょうか。

 確かに便利なツールです。何千㎞離れた所に友だちができます。知らない世界を垣間見ることができます。一人で寂しいときは話し相手を見つける事ができます。私もその恩恵を受けた事はありますが、やはり限度を知らないといけません。

 夜中メッセージを送り合っているとか、ゲームをしているとか、朝起きられないのは当たり前です。ちょっとでも返事が返ってこないから不安になるのも無理はありません。そりゃそうです。

 家に帰ってまでずっと友だちと繋がり続けているのはどうかと思います。スマホとはオフの時間やほどほどの距離感を持たないと、自分の神経がすり減っていく気がしてなりません。

 そういえば、この間外食をしたときに隣の席に座っていた夫婦と思われるお二人がいました。おそらく50代くらいかと思います。特におしゃべりをするわけでもなく、黙々と食事をしていたかと思ったら、旦那さんの方がスマホをいじり始めました。その後奥さんも同じように操作し始めました。二人で何も話さずに画面を一生懸命操作しています。・・・これってどうなんでしょう?(笑)

 最近の若い者は・・・ではなくなっています。どんな年代でも常にオンラインな人々が世の中にあふれかえっています。このままではスマホに世界を乗っ取られてしまいそうです。これってやっぱり時代遅れの発想なのでしょうか・・・。

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不安の正体をつきとめる

高村さとみ

先日、シンポジウム・不登校相談会・フリースクールフェスティバルという3つのイベントを開催しました。同日開催のため準備も並行して進めていかなければならず、多くの人の協力によって何とか無事に終えることができたのでした。

仕事をしていると、複数の仕事を同時並行に進めていくなんていうのは日常茶飯事です。日常茶飯事ですが、私はよくこれで頭を悩ませています。頭の中に「あれもやらなきゃこれもやらなきゃ」というのが蓄積されて、不安や焦りでいっぱいになるのです。そんな時は、例えばAさんに用件を伝える、教室にポスターを貼る、のようなごく些細な仕事でもどんどん頭の中に溜まっていき、容量がいっぱいになってしまいます。しかし、それらのやるべきことが頭の中から抜けてしまうことはあまりありません。その仕事が完成するまで記憶に留めておかなければならないと考えているのも、不安や焦りの一因なのでしょう。

同じ様なことはポジティブな場面でも起こります。それは新しいアイディアが浮かんだ時です。稀にイベント案が次々と頭の中に降りてきて溢れてしまいそうになることがあります。そんな時は「これは絶対におもしろい」「こうしたらもっと良い」というようなプラスの思考ながらも、頭の中がいっぱいで苦しい思いになることがあります。

そんな時にどうするか。月並みながらも紙に書きます。仕事リストをつくったり、イベントの企画書をつくったり。仕事リストではそれこそ「Aさんに用件を伝える」のようなどんなに小さなことでもとにかく書くようにします。そうすることによって初めて頭の中から消去できるようになります。いっぱいになっていたパソコンデータ(頭の中)を外付けハードディスク(紙)に移すイメージです。

しかし、頭の中いっぱい具合がさらに深刻になると、紙に書く余裕もなくなってしまいます。とにかく思いつくことを片っ端から片づけ、でも片づけた分新たな仕事がやってきて...とあまり良い事にはなりません。そんな時はお風呂でもお酒でも、とにかく外から体や頭がリラックスできるように操作して、やっぱり紙に残すようにします。

今でこそメモ書きなりパソコンなりで紙に残す作業をしていますが、昔はスケッチブックとクレヨンを使っていました。昔といっても私がフリースクールに勤める前、営業の仕事をしていた時のことです。営業成績が伸び悩むとそれなりのストレスになるのですが、営業トークの見直しや次回目標を考える際にはスケッチブックにクレヨンででかでかと、殴り書きをしたものです。大きく、カラーで書くことで自分の中により印象的に残るようにしたかったのと、クレヨンは雑に書くのにちょうどよくストレスをぶつけるのにも役立っていたと今振り返ると思います。

今流行っている「妖怪ウォッチ」は人々の悩みや問題が妖怪として具現化しているそうで(見たことはないのですが...)、主題歌でも「妖怪のせいなのね そうなのね♪」と歌われています。元々妖怪というのは、誰もいないのに声がした、のような不可解な出来事を説明できるように人がつくりだしたものと言えます。

不安は正体をつきとめない内はいつまでも不安のままです。前半で書いた仕事の内容のことであればつきとめるのは簡単ですが、これがもし人間関係や恋愛や人生のことであったなら。簡単に言葉にできない漠然とした、言いようのない不安は誰しも持っているものです。そんな時にはスケッチブックに思いつくままに殴り書きすることをおすすめします。それだけでも少しばかりのストレス解消になりますし、不安を解決する鍵は不安の正体をつきとめることにあるのかもしれませんから。

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妖怪のせいなのね!?

フリースクールスタッフ 新藤理

放送が終わって一年以上経った今も「あまちゃん」を観ることがよくある。ストーリーや役者の素晴らしさもさることながら、「あまちゃん」は劇中の音楽がどれもいい。絶妙な(いい意味での)乱雑さ、変テコさがクセになるのだ。学園でも「あまちゃんにハマった」という生徒は何人もいて、放送当時は誰かが持ってきたサウンドトラックCDがフリースクールを賑わせていた。
「あまちゃん」の音楽を担当したのは大友良英さん。映画・ドラマの音楽も作っているが、元々は即興でノイズミュージックを鳴らす実験音楽家だ。その大友さんがこの夏、札幌で大々的な盆踊り大会を開催した。札幌国際芸術祭の一環として、北3条広場に巨大な風呂敷とやぐらを登場させ、「あまちゃんバンド」のミュージシャンたちとともに演奏された音頭の数々。その生のサウンドは、集まった市民を思いきり踊らせていた。みんな汗だくで、無我夢中だった。
盆踊りは地域のつながりを確かめながらみんなで明るく祖先を偲ぶイベントとして日本人にはお馴染みのものだけど、実はとても個人的な営みなのではないか。実はその日ちょっと気が沈んでいた私は、盆踊りの果てしない反復の中で、思いきり身体を動かしているのに心はどんどんおだやかになっていくのを感じていた。なんだか、たくさんの失敗も後悔も、すべてが赦され、洗い流されていくような感覚があった。15時から始まった盆踊り、それがすべて終わる20時まで私は踊りきった。会場に高校時代からの友人がいたことを後で聞いたが、「あまりにも真剣にトランス状態で踊っていてとても声はかけられなかった」らしい...

先日の学園祭で、私は「発表部門」という新たな部門を担当することになった。中高生が一緒になって一つの出し物を制作するチームだ。
初めて集まった時から「自分たちだけじゃなく、会場みんなで楽しめる出し物をしたい」と言っていた彼らに、私は半ば本気で「みんなで盆踊りやったら楽しいぞ!」と提案をしてみた。残念ながら(?)その案は通らず、しかし踊りでみんなを巻き込んで盛り上がろうというコンセプトは生き残った。そして、客席全体で一緒に踊れるダンスとして選ばれたのは「ようかい体操第一」だった。
おもに小学生に大人気の「妖怪ウォッチ」から生まれたこの体操。夏にフリースクールの生徒たちとともに保育園を訪問した時も大人気だった(重ねて言うが、取り組むのは学園の中高生たちである)。いったいどうなることかと思ったが、演目が決まってからのチームの取り組みは、見事だった。練習の時から、みんな実に生き生きと楽しく、そして真剣に踊っている。私も一緒になって踊ってみると、なるほど、大ブームを巻き起こしただけのことはあって、実によくできた体操なのだ。身体のコントロールと解放、力をためるところと発散するところ、そのバランスが絶妙だ。振り付けは、かの有名振り付け師・ラッキィ池田さん。そして流れる音楽もなんだか変テコで、そこがクセになるといえなくもない。これは大人も子どももみんな楽しく踊れるだろう。私はいつの間にか生徒たちを凌ぐ勢いで(?)ようかい体操にのめり込んでいった。

学園祭の本番、もう一つの演目「銀河鉄道999」(こちらはスタイリッシュなダンス。これももちろんみんな真剣に練習していた)に続いてようかい体操が始まった。ざわめく会場、やけにマジメな顔つきで踊る発表部門のメンバーたち。しかし、舞台から「ジバニャン・ロボニャン」が登場するといよいよ観客たちも盛り上がり始めた。半ばむりやりに客席から生徒たちを引っ張りだし、ステージで一緒に踊らせるジバニャンとロボニャン。あやふやな振り付けで、照れながらも一緒に踊ってくれる学園の仲間たち。スピーカーから流れる割れ気味の音楽に合わせて踊りながら思う。これはいつかの盆踊りと同じ光景だ。みんながそれぞれに、自分なりの楽しみ方で、それでもゆるやかな結びつきを感じながら、思う存分輝いている。
三回もくり返されたようかい体操を終えて、発表部門のメンバーは汗だくだった。まさか思いもよらなかっただろう。あの変テコな体操と音楽が、自分たちのこの秋の思い出を決定的に彩るテーマソングになろうとは。そのあり方は、なんだか一年前の「あまちゃん」との出会いにもちょっと似ている気がする。音楽も踊りも、変わった形をしたものほど、心に刺さって抜けなかったりするものだ。今でもあの音楽が流れれば、生徒たちも私もすぐに踊り出すに違いない。「踊りたくなるのは妖怪のせい」と恥ずかしさを捨てて。

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「同期会」の喜びと悲しみと

亀貝一義

私たちの年代(70歳代)になると、よく同期会が行われる。私など「おまえはまだ現役で忙しいだろうから幹事はやらなくてもいいよ」と言われるから世話役の仕事はないが、集まりにはできるだけ参加することにしている。
小中高校、大学の同期会、さらに学生寮にいたこともあって、この同窓会も呼びかけられる。また自分の同期会同窓会だけでなく、札幌市内の私立高校に30年間勤めていたこともあって、その「クラス会」の案内もある。この高校は当時は女学校だったから「可愛い教え子」もいまは孫をもつ「おばあちゃん」だ。

同期会も同窓会もクラス会も、集まる人たちは皆ケッコーな年の人たちだ。「お互い年をとったね」から話が始まり、必ずと言っていいように「先に逝った友人たちを忍び、黙祷(もくとう)!」が始まりのマナーになる。
いずれ「自分も黙祷の対象になるのか」と心の中で思う。そして先に逝った○○君、◎◎さんを思いながら半世紀以上前のいくつかの小さい思い出が頭の中をよぎる。

学生寮で同室だったK君は、おだやかでまじめな顔をして女性の話を静かにしていた。一区切りついたところで「面白い話だった」との感想だった。1オクターブ鈍い私などいつも苦笑されていたと思っている。
テレビもないし、ラジオだって思うように聞く機会を持たなかった学生時代、読書と、寮内での談話が楽しみだったのかもしれない。そういう半世紀以上前を思い出させられる昨今である。

もう60歳を超えている昔の麗(うるわ)しい教え子たちは、今も高校時代の担任だった私が何を言って嘆いていたか、などを楽しそうに言う。しかし同じ教室で明るい笑顔で歩調を合わせていた○ちゃんは乳癌で死んだということをきくと悲しい。

先に逝った友だちや教え子たちの分もしっかり生きなければ、という気持ちも強くなる昨今...。

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セール

桑名八重
巷では夏物セール真っ盛り。
買い物の好きな人には楽しみなシーズンですね。
私はあまりセールには行かない方です。
なぜなら、人の多さに疲れてしまうからです。
必需品がセールになっているときは重い腰を上げて出かけますが・・・。
セールに行かない私の洋服調達方法は、
1、おさがり(未だに姉から)
2、流行に左右されないものを定価から下がった時点で購入
って感じです。
先日、色々と事情があり服を買おう!と思い、ちょっと駅ビルなんか寄ってみました。
(やはり人が多くて疲れてしまいましたが)
いろいろ見ながら、ふと気がついたことがあります。
“夏物セール”ってほとんど半そで・・・。
今日は30℃越えで暑いけれど、もうほとんど半そでは必要ないんじゃないか・・・。
お盆過ぎたら着ないよなぁ。
そう思ったら、買い物をしよう!という決意は早くも崩れ、結局日用品の雑貨をちょろっと購入して終了。
長そでの商品がもう少し出てから、必要なものを買おうと決めました。
セールって基本的にその場で即決で決めていくもの。
どちらかと言うと、お買い物は「悩んで悩んで、本当に気に入ったものを高くても買う。そして長く使う。」タイプの私としては苦手なんだと思います。
セールが楽しい!って人の気持ちもわかるけど、セールは性に合わないんだなぁ・・・とつくづく思いました。
暑い中、生徒・スタッフとの洋服購入の話でふと思い出しました。
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特に実のない近況

安齊 裕香

スクーリングも終わり、夏休みに突入しています。
みなさまどうお過ごしでしょうか?
もうすぐお盆。
実家に帰って自分の部屋を片付けようと思いつつ、渋り続けて早5年。
いい加減服やらおもちゃやら片付けないと・・・。
年に3~4回のペースで実家に帰るが、やっぱりダラダラしてしまうし、親に甘えてしまうんですよね~。もうそろそろやってあげる立場でもあるのはわかってはいるが、まだまだ親が元気だと甘えます。ごはんは出てくる、洗濯もしてくれる、『なんて幸せなんだ』と感じます。いつも自分でやっていることがやってもらえるって素敵ですね。本当にありがたい。
朝昼晩自分でごはんを作っていると、誰かに作ってもらいたくなるんですね。
たまに風邪引かないかな~なんて思ってしまうことも・・・。
先日骨折した時は旦那がお弁当も夜ごはんも作ってくれて、ずいぶん助かったなぁ。
たまにこんなのもいいなぁと思いつつ、こういうことがあるからまた頑張れるんだなぁと感じます。
実家から帰って来る時も、『現実の世界に戻るんだなぁ~』と感じつつも、また実家に帰ることを楽しみにしているから頑張れるのですね。
なにか楽しみがあると頑張れます。
今は毎週末が楽しみ。
週末のマッサージと焼き肉を楽しみに毎日お仕事頑張っております。
はい。私は元気です。
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友だちの境界

高村さとみ

どこまでが友だちでどこからが友だちでないのか。

これは難しい問題です。というか、私にとってはあまり考える機会のない問題でした。

今回エッセイをこのテーマで書こうと思ったのは、フリースクールの子どもたちと接していて考えさせられることがあるからです。

今年の子どもたちは良い意味でグループになっていないのが特徴です。特定の人とばかり一緒にいるのではなく、どの人とでも関わることができる。これはとても良いことだと私は思っているのですが、時折こんな声が聞こえてきます。

「友だちがほしい!」

はて、普段話している人たちは友だちではないのでしょうか?どうやら私の考える「友だち」と子どもたちの考える「友だち」の感覚にズレがあるようです。

このテーマを考える時に思い出すのが、学校でのお菓子配りのことです。お土産でもバレンタインの友チョコでもいいのですが、学校でこのようなお菓子を配ろうというとき、個数によって無意識のうちに自分と関わる人たちをランクづけてしまうことがあります。みんなに配れるよう個数を用意していれば話は別ですが、1個のときは一番の親友に。5個だと仲の良いグループの子たちに。10個だと女子だけに。というのはよくある話です。

前述の「友だちがほしい!」はおそらくお菓子が1個のときに渡す、何でも話せるような親友が欲しいという意味だと思うのですが、これまたそういった存在を私自身は欲しいと感じていないのでなかなかその気持ちが理解し難いのです。

例えば私が悩みA、悩みB、悩みCを抱えているとして。特別な存在がいないからこれらの悩みを話す相手がいないということにはなりません。広く浅い関係の中にAを話せる人、Bを話せる人、Cを話せる人がそれぞれにいるのです。しかし、どうも子どもたちの話を聞いていると、「AもBもCも話せる友だちが欲しい」と言っているように感じます。

…書いているうちにフリースクール論に近くなってきました。私は、フリースクールは小さい規模でいいので、各地に数多くあればいいと思っています。たくさんあれば自分に合ったフリースクールを選ぶことができますし、フリースクールAが実際には合わなかったときにフリースクールBに移ることもできます。

浅くとも広い人間関係の方が自分の話したいことを話すことができ精神的にも安定するのではないか、と私は思うのです。ただ、ひょっとしたら子どもたちは深い関係を築かなければAもBもCも話せないと感じているのかもしれません。あるいは同じAの話をするにしてももっともっと深いところまで話したいと感じているのかもしれません。

とはいえ、どの人とでも関わることのできる関係をつくるということは、自分の気持ちだけでどうにかなるものではありません。実は今の関係性は貴重でもっと大切にした方が良いのだと、後から振り返って気づくのではなく、今から自覚していって欲しいと考えるこの頃です。

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