「自由であること」

フリースクールスタッフ 鶴間 明

不自由な世の中になってしまった。
先日、生徒たちとサイクリングに行った際に、立ち寄った公園でつくづく思った。
私が育てた子たちを連れて、かつてその公園に来た時にはあった遊具が取り去られていたり、使用禁止になっていたりした。
使えなかったのは、とても高い位置からつり下げられているブランコや、螺旋状に降りてくる滑り台等で、いずれも私の子どもたちが好んで遊んでいたものだった。
私も、生徒たちと童心にかえってそれらの遊具で遊んでみようと思ったのだが、すっかり興ざめしてしまった。
生徒たちも「この遊具、小さい時に、ハマっていたのに、、、」と残念そうにしていた。
危険な遊具は取り去って、安全な遊具だけにしてしまう。
危険な物はないので、これで子どもたちは安心して自由に遊んでくれるだろうと大人は思う。
しかし、ここにこそ大きな落とし穴が潜んでいる。

取り去られていった公園の遊具でとても思い出深かったのは、箱ブランコだ。
4人で向かい合わせになりながら力を合わせて揺らすことのできるブランコは他にはない遊びだった。
しかしこの箱ブランコ、外側から押すと、手を滑らせて転んで、頭がブランコの下敷きになってしまって命を落とす危険なケースがあり、次々と撤去されるようになってしまった。
跡地には箱ブランコが地面に埋める様に設置され、ただのベンチになってしまっていた。
撤去はこれだけに留まらず、衛生面の問題で砂場が、箱ブランコと同様に安全性の問題でジャングルジムが撤去されてしまってきている。
先日行った公園では高い部分の鉄棒や振幅の長いブランコ、そして一部の滑り台も使用禁止になっていた。

これらの事故で怪我や命を落とした方は本当に残念なことであると思う。
しかし、一度事故があると、その責任の全てを設置した側、設計した者が負うことになり、結局は次からは担いきれないので撤去してしまうという流れで、私たちは幸せになれるのだろうか。
旧約聖書の冒頭にはエデンの園の話がある。
エデンの園の中心には食べてはいけない木の実をわざわざ神は設置している。
これを食べると死んでしまうと言われた木の実だが、他の木の実は食べても良かった。
善悪を判断できる状況になっていることが自由であるという事である。
神は人間を想像するときに自分のペットのようにではなく、自由を与えるほどに大切な存在として扱ったという話だ。
「自由」というと好き勝手にできるイメージがあるが、規則を破る自由もあれば、自分の意志で守っていく自由もある。
本当に自由な人間は、誘惑を振り払ってより善く生きることを選択しようと努力するはずである。
ただ、人間は不完全で、時に失敗をすることもある。(アダムとエバも禁断の実を食べた)
しかし、だからといって、食べも良い木の実だけしかない世の中にしたとしたら、それは人間が自分の意志で選んでいるのではなく、まるでペットのように扱われて、檻に入れられ、良い物だけ選ばされている状態と変わらない。そのような状態では、人間の心が育つはずがないのである。
人間には良いことと悪いことを選んで生きる権利がある。
そして、若者には、失敗する権利もあると私は思っている。
小さい頃から、やってよいことと、いけないこと、これ以上やってしまうと危険なことと、ここまでであれば安全であることを、失敗を繰り返しながら、泣きながら、体感しながら覚えていくことが必要な時期がある。
その過程においては、まれに大きな事故につながることもあるが、他の動物が自然界の中で危険を冒しながら成長するのと同様に、人間が成長するために避けて通れない道筋でもあると私は思う。

さて、これから日本の公園はどうなっていくのだろうか。
これから箱ブランコが復活するとは思えない。
ブランコも危険、トイレは不衛生、芝生も除草剤があるからだめ、その内、転んだら危ないからと地面まで撤去するのではないだろうか。

札幌自由が丘学園では生徒たちは昼休みに自分たちでヤカンでお湯を沸かしてカップラーメンを作っていたりする。
管理教育が徹底している公教育から転勤してきた私にとっては驚異的なことだったが、この学園ではガスレンジを生徒たちが日常的に自由に使って良いのである。
本当の教育というのは最新式のプログラムの中にあるのではなく、人間としてごくごく当たり前のことを当たり前に行える中に、賢い者にとっては非常にわかりにくく隠されている気がする。
だから、この「小さな学園」の「大きな自由の風」を社会に発信していくことの意義は、今日もとてつもなく大きいと感じているのである。

ブログ記事を読む

これも生涯スポーツ?

桑名 八重

先日、オリンピックの東京開催も決まったが、今月は甥っ子、姪っ子がそれぞれ運動会である。 来年小学生になるから、少なくてもまだ6回は運動会があるわけだ。 毎年にこにこ笑いながら走るかけっこの写真が届く。(はじめは泣いて親のところへかけこんでいたが・・・)

けして運動が得意ではない私だが、運動会に辛い思い出や嫌な思い出はない。
・・・覚えていないだけだろうか?
私の通った小中学校では当時、春には保育所から中学生、地域の人まで参加の大運動会、冬には小中学校で雪中運動会が恒例。
今考えると先生たちの苦労はすごい。
運動会は、生徒数が少ないために生徒から父兄までみんな参加。生徒はほぼ出ずっぱり。お昼どきには、ジンギスカンを囲むご家庭もありでかなり自由な状況だった。
競技の辛さよりも笑いの絶えない運動会だったと思う。

高校生になったらけっこう体育は苦痛になった。水泳、スキー、マラソン、ダンス、球技。かなり色々な種目をやった。
大学生になったら、必修体育以外ではスポーツと疎遠に。

今、生徒たちと年15回程度の体育にいそしむ。
「10代のあんたたちと体育やるの、辛いんだよ~」
と言いつつ、気持のよい疲労感を感じつつ、かなり楽しく参加している。
プライベートでもスキーやカヤック、なぜかゴルフ。本当にすこーしずつではあるが、普通にやっている。
大学時代の友人に「あんた、いつのまにそんなにアウトドア人間になったの?」と驚かれる。

やっぱり、根本的に楽しかった運動会の記憶があるのか。
楽しい記憶はいつまでも残る。
大人になってスポーツを始めるきっかけは「健康」「ダイエット」だけでなく、こんな記憶にもよるのかな。
いつまで続くか自分でも判らないが「体を動かすのが楽しい=生涯スポーツ」なのかな。と思う今日この頃。

とりあえず、
オリンピックも運動会もたくさんの子どもの楽しい思い出になってほしい。

ブログ記事を読む

不登校相談会

高村さとみ


先日、フリースクールと不登校の子どもを持つ親の会合同の不登校相談会を行いました。相談会は2006年以来、実に7年ぶりの開催です。それも前回はフリースクールによる相談会だったので、親の会も合同で行うのは初めてのことでした。

このような相談会を行った背景には昨年度の「登校拒否・不登校を考える夏の全国大会in北海道」の実施があります。初めての北海道開催。道内フリースクールの協力はもちろん、親の会にも協力を仰がなければ成功し得ない状況でした。この全国大会の実行委員を募った際に親の会の方々が快く引き受けてくださり、さらには広報活動なども熱心に行ってくださったことで、無事に成功を収めたのでした。

昨年度にそのような出来事があったばかりだったので、不登校相談会を開催しようと決まった時には自然と「親の会も合同で」という声があがりました。当日参加したフリースクールは8団体、親の会は6団体。広報やパンフレットの設置に協力していただいた団体はさらに数団体あります。全国大会を実施する前までの私はこのように多くの団体が協力し合って(しかもフリースクールと親の会が合同で)一つの事業を行うようになるなど考えてもみませんでした。当日は団体の枠を超えて、テーブル席に各フリースクールスタッフ・親の会メンバーが散らばり来場者の相談をほぼマンツーマンで受ける、必要に応じて他団体の紹介をするというスタイルで行いました。このやり方は互いの団体の活動内容を知らなければできないことです。20名近くの来場者の相談を各自が受けている様子を見た時は胸が熱くなるのを感じました。

先に述べた通り、全国大会の実施がなければこの相談会の成功はありえませんでした。しかし、さらにさかのぼると札幌市への公的助成を求める運動を共に行ってきたこと、さらには私が札幌自由が丘学園で勤める前からのフリースクール同士の交流や親の会とのつながり。そうしたものが全てつながって今に至っているのだと、そう感じるのです。私もうかうかしてはいられません。私が今やっていることもきっと未来につながっているのですから。

ブログ記事を読む

沖縄への旅・今昔物語

 亀貝 一義

 札幌自由が丘学園三和高校の修学旅行は毎年沖縄をメインにしている。与論島も含めるのだが、これは行政からすれば鹿児島県だ。しかし北海道人の私たちからの感覚では沖縄の一部という認識であってもあまり不自然ではないだろう。

 私自身何度か沖縄への旅は経験している。一番最初は、1979(昭和54)年だった。沖縄県が日本復帰したのは72年だったから、まだアメリカ支配の雰囲気が残っているという印象だった。
 そのときは、お正月休み中で、札幌は最も寒い時期だったが、石垣島では考えられないほどの気温で日本が南北に長いことを実感した。また沖縄に近づいたときに空から見える海の青さが今も記憶にある。また石垣島で、聞こえてきた「石狩挽歌」のフレーズが違和感とともに北海道への懐かしさを届けてくれたことも記憶にある。
「海猫(ごめ)が鳴くから ニシンが来ると
 赤い筒袖(つっぽ)の やん衆がさわぐ…」

 帰宅したら、ウチの中の水道管がシバレていて驚いた。

 修学旅行で生徒たちは北海道とは大きく違う沖縄の自然や風土を体感するとともに、先の戦争の悲惨な歴史、今に続く軍事体制の一端などを認識するはずだ。事前に、数時間使って「沖縄」の学習をする。ひめゆりの「語り部」の女性からナマの話も聞く機会をもつ。

 一生忘れられない旅であるに違いない。

ブログ記事を読む

演劇部

田房絢子

先日、演劇公演が終わりました。部員たちはこの1か月、夏休み返上で取り組んできました。今年は「朗読演劇」。舞台挨拶で部長が“「朗読劇」と「演劇」のハイブリッド”と表現していましたが、今回はそれぞれの難しさを合わせたようなものだと思います。台本も難しく、感情の表現がうまくできずに何度も練習することが多くありました。本番ではうまく表現できたでしょうか。出来に関しては、それぞれ思うところがあると思います。次の日には反省会をしていたので、次に活かして欲しいと願っています。

部活動は好きなことを一生懸命に突き詰めていく格好の場ですが、それは当たり前のこと。それ以上に人間関係や社会のルールを学ぶ場です。練習中にはうまく伝えることができずにお互いすれ違ったり、全員集まれずに雰囲気が悪くなったりすることもありました。でも全員向いている方向は同じ。今回も公演に向かって葛藤しながらも努力を続けました。そしてそれが終わった今、これまでのことを全部とまでは行かなくてもさらけ出せているのではないかなと思います。公演前よりも部員同士が自然と輪を作っているように見えます。

人前で演技を見せる。それを常に感じながら練習を再開して欲しいと思います。次回はいつになるかわかりませんが、ただ舞台に立つというだけに終わらないよう、納得できるものを作り上げられるよう、これからも部員みんなで盛り上げていってもらいたいですね。

ブログ記事を読む

『最近の転機』

安齊 裕香

最近引っ越してみた。

久しぶりの引っ越し。

小さい頃から父の仕事の都合でいろいろな町に住んだ。
全部道東だけど、どこに行っても食べ物が美味しかったのは満足だった。小学校は3回変わって、先生は5回変わった。なんだか落ち着かなかったけど、友だちがあちこちにたくさんできたのはいい思い出だし、親にも感謝。

そんなこんないろんな場所を巡るうちに、ここには住みたくないなぁ~と思えた町もあったし、家もあった。怪奇現象(!?)が起きる家もあった。なんか人に温かみを感じられない土地もあった。多感な年頃だったからかな?

高校は小学校の頃からここに行くって決めていたところに入学した。
通学が困難だったので、高校の近くに引っ越した。

大学は江別に行った。
また引っ越した。

大学を卒業して札幌の就職先に近い場所に引っ越した。
やっぱりそこで働くことはやめようと決めた。
だからまた引っ越した。

実家の方面で働くことにした。
数年間実家暮らしをした。

実家の居心地の良さが大好きだけど、やりたいことがあったからまた札幌に引っ越した。
そこから5年近く経っての引っ越し。
自分たちだけでの引っ越し。『掃除って大変だなぁ~』『(親は)よく子どもが居ながらよく荷造りしてたなぁ~』『親のパワーはすごかったんだなぁ~』と感じたこの1ヶ月間だった。

今年は転機な予感。

ブログ記事を読む

「炎」を見る

フリースクールスタッフ 鶴間 明

夏になると河川敷でバーベキューを楽しむ人たちを見る。
炎天下の中、仲間と一緒に火起こしをして会話を楽しみながら飲んだり食べたりする姿が見られる。
マナーが悪いなどのちょっとだらしない事もあるのだろうが、私はそんな様子を見ると安心する。

私は学生の時から七輪が好きで、お金はなかったが、なぜか七輪だけは持っていて、どこかへでかけていっては、ウィンナーやら、ちくわやら、色々な物を焼いて食べたものだった。
七輪は本当によくできたコンロで、わずかな炭で、高い火力を長時間維持できる。
空気調整をすれば火力調整までできる。
シンプルな構造だが、本当によくできている。
そのために、ホームセンターなどで販売されているバーベキューコンロは、炭を大量に使って、周囲に熱が放熱されてしまうために、未だにほとんど使ったことがない。
時代錯誤かと思われるかもしれないが、私は今でも七輪を日常生活で頻繁に使って調理をしていることが多い。
カーポートには七輪をすえつける卓を既に用意していて、いつでもすぐに火を起こして炊事できるようにしてある。
魚を焼いたり、天ぷらをする時などは、家の中が臭くなったり油っぽくなったりしなくて済む。
ご近所さんから見たら、こんなところに屋台?と思われる光景かもしれないが、私はあまり気にしないで続けている。

火を起こして使えるようになるまでには多少の苦労がある。
ガスレンジの様に高い火力がすぐに得られるわけではない。
最初は煙が多く、頭も服も煙で燻されて臭いが移る。
しかし、こんなマイナスポイントを重ねてでも、炭で調理した物はうまい。
それに、火を見ていると不思議に落ち着くのだ。

人類は長い間、火と共に生活してきた。
昼は獲物を焼いてより衛生的に食べるために、夜は明かりと暖を取り害獣からも守るために、火を起こしていたのだろう。
火を囲み、火を見つめ、語ったり、踊ったりしていたはずだ。
そんな生活を何世紀もしていたはずなのに、オール電化になれば一日に一度も火を見ることもなく、不思議に暖められた物を食べることができている。
では、代わりに何を見て生活しているのだろう。
テレビ? パソコン? 携帯電話?
これらの炎の代用品は、果たしてかつて炎が持っていた役割を本当に果たしてくれているのだろうか。
人類の遺伝子に組み込まれた情報を、そう簡単に組み替えることができるのだろうか。
火を囲まなくなった人類が、どんな存在になっていくのか、まだ誰もわからないのだ。

小さな七輪の炎が、私を安心させてくれる時間。
人の目があっても、特に気にせず、家族で会話ができる時間。
それは、一日の中で、自分が自分に戻れる最も大事な時間なのかもしれない。
※ただし、虫除け対策を忘れずに。

ブログ記事を読む

~夏~

桑名八重

7月も中旬に入り、北海道も夏の暑さがじわじわと・・・。

三和高校はどちらかというと、夏の行事が目白押しです。
強歩遠足、スクーリング、ヨット体験×2種類、夏休みを目前にして課外授業。

忙しいなぁ。と思いつつ、
今のうちに色々なことやっておかなくては。すぐに寒くて動くのがいやになってしまう。

今日(7月16日)のニュースで言っていたがど、
最近の子どもは海が嫌いだそうだ。
べたべたするから、というのが大きな理由らしいが。

私も冷たい北海道の海であまり泳いだ記憶はないが、
海辺では随分遊んだ。
今では絶対できないが、小さい時には田舎の汽水域でシジミ取りとかも。

「短い夏」とはいうけれど、
今この時期だから出来ることを、思いっきりやってほしいなぁと思った。

私の今年の夏は、海水浴はないけれど川遊びに力を入れることだろう。

夏も好きだけど、その後の収穫の秋も楽しみ。
四季があるって楽しい。

ブログ記事を読む

フリースクールと親の会

高村さとみ

 6月中旬から7月にかけて、恵庭未来の会のフォーラムin恵庭→登校拒否・不登校問題 全国のつどい実行委員会in帯広→函館アカシヤ会20周年記念フォーラムin函館→フリースクール修学旅行in定山渓といろいろなところに出向く機会がありました。修学旅行についてはさておいて、他の3つはいずれも親の会に関するものです。親の会の方々はとてもエネルギッシュでこういったものに参加をするといつも元気をいただいて帰ってきます。せっかくなのでそれぞれの感想を。

「恵庭未来の会フォーラム」

 当日は何と80名もの参加があったそうです。このフォーラムのおもしろいところは恵庭未来の会と恵庭教育委員会が協力して開催したところです。私が知る限りでは公の機関(しかも教育委員会)と民間が協力してイベントを開催するケースは非常に珍しいことだと思います。さらに良かったのは未来の会の方々と教育委員会の方々がとても良い雰囲気でお話をされていることでした。形式としての共催ではなく、共に不登校問題に取り組んでいこうという姿勢が見え、手本としたい関係性だと感じました。札幌でもこのようなおもしろい企画を仕掛けていきたいです。

「登校拒否・不登校問題 全国のつどい」

 昨年度は「登校拒否・不登校を考える夏の全国大会」を定山渓で開催しましたが、今年も全国規模の大会が北海道帯広で開催されます。昨年度全国大会の実行委員を経験し、多くの方々に助けていただいたので今回は私が何かお手伝いをできればと考えています。まだ2回の実行委員会にしか参加していませんが(帯広での委員会なのでなかなか行けずにいます)、この大会や委員会のカラーとして「今正につらい思いをしている親を大切にする」ということがあげられると思います。そうした方の話をじっくり聞けるよう分科会の時間を長くとり、参加された方の気持ちに寄り添うことができるよう綿密に打ち合わせをしています。後にも記述しますが、こうした姿勢は手本としたいところです。

「函館アカシヤ会20周年記念フォーラム」

 この記念フォーラムに参加して驚いたのは函館の親の会の多さです。取りまとめている方がとても意欲的に活動しているということももちろんありますが、それだけ不登校や教育問題について悩みを抱えている保護者の方々がいることを実感しました。それに比べて子どもの居場所となる支援機関が少ないのも気になるところでした。札幌市だけではなく北海道全体の支援状況にも目を向けていかなければと思いました。また、次の日には函館アカシヤ会の例会にも参加しました。実はこうした親の会の例会に参加するのは初めての経験でした。普段「フリースクールを利用している保護者の話」は聞くことがありますが、不登校で現在進行形で悩んでいる・困っている保護者の話を聞く機会はなかなかないものです。こうした保護者の方々にフリースクールやほかの支援機関の情報がきちんと行き届くようこれからもがんばっていかなければという思いが一つ。そして、フリースクールが始まったそもそもの原点はこうした悩みを抱えている当事者・保護者に寄り添いたいというところだったと思うので、常にこうした声を心にとどめておくようにしなければいけないと思いました。

 先日、昨年度の全国大会で共に実行委員をした札幌近郊の親の会の方々、フリースクールスタッフと会う機会がありました。あれからもう一年経ったのかと月日の移り変わりの早さを感じています。しかし一年経っても変わらず楽しくおしゃべりをできる関係性がそこにはありました。フリースクールと親の会。フリースクールが今後どのような活動をしていこうとも常に原点は当事者と保護者の声にあるのだと改めて感じる機会となりました。

ブログ記事を読む

元気になる方法

田房絢子

元気になれるとか、心を穏やかにする方法って人それぞれですよね。美味しいケーキをご褒美に買うとか、遠くにドライブに行くとか。人によってはユニークな方法を実践している人もいるのではないでしょうか?

 先日、保護者の方とお話をしていた時のことです。その方はお花屋さんを経営していて、あるお客さんの話を教えてくれました。高校生の男の子がふらっとお店にひとりでやってきて、部屋の片付けを機に「緑のものを部屋に置きたいんだけど・・・」と相談したそうです。高校生の男の子が!!と男性スタッフは驚きの声。たしかに食欲旺盛な時期ですから、カレーやカツ丼にお金をかけてしまう高校生の方が多いかもしれません。でもふらっとお花屋さんに足を踏み入れたその男の子。一人きりで勇気も必要だったと思います。「心が豊かな生き方ですよね」とお母さんがおっしゃっていました。私も同感で、小さな緑を心の片隅に持った穏やかな子じゃないのかなと勝手に想像しています。

 実は私も高校生の頃、元気がなくて弱っている時にチューリップを買って帰っていました。一輪飾られたチューリップを見て、ささやかでも心が穏やかになったのを覚えています。なぜその方法を思いついたのか覚えていませんが、チューリップは私にとって元気の象徴だったのでしょう。ただそれと同時に、チューリップを買わなくても済むようになる日が一日も早く来ることを願っていたのを覚えています。あの頃の自分はなんだか切なくなる思い出でもあります。青春ですね!!

 さて、今現在の私にとって元気になれる方法はなんだろう?と考えてみました。うーん・・・なんだろう?まず元気がなくならないようにすることかな(笑)。自分なりの方法を手にすることももちろんですが、お母さんの話を聞いて、私も心豊かに穏やかに心の片隅に緑を持てる人になりたいなぁと思った今日この頃です。

ブログ記事を読む
前の10件 3  4  5  6  7  8  9  10  11  12  13

月別アーカイブ