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2018年の初

三和高校 桑名八重

2018年。最初のスタッフエッセイです。今年もよろしくお願いします。

さて、年末年始。自由が丘学園はとても長くお休みがありました。
学園祭の代休とか、なんとかで。

私の年末年始は恒例の帰省です。
今年は元旦に機上の人となりました。

この帰省。せっかく行くんだからといつも「どこ行こうか、何しようか」と考えるのですが、
年末の忙しさに気がついたら出発日。
何の予定も立てられず、予約もできずに数日を過ごして帰札します・・・。

モッタイナイ。まあ、ちびっ子連れだと行ける所も限られてしまうのですが。

今回、何とかお出かけした先。「神戸市立王子動物園」。
旭山動物園や円山動物園には年数回出かけますが、今回の目的は『パンダ』『コアラ』!!

私も人生初のパンダとコアラ。
パンダは上野動物園が話題ですが、王子動物園は至ってのどか。すごく目の前にパンダが登場。ガラスもない。

「パンダって意外と小さいな~」
なんだか、感動の無い感想。
うちのちびっ子の感想は、
「うんちでっか!!」
そこ?小さい子ってウンチネタ好きですね・・・。

2時間近く動物園をうろうろ。北海道の動物園にいないゾウにも興奮。ジャガーがとても綺麗。世界の山猫にはびっくり。
年末からのぐうたら生活の運動不足解消になるくらい歩く。

この数年。あちこちの動物園・水族館に足を運ぶようになった。
それぞれの園が愛情もって動物を飼育しているし、展示にも工夫がある。かなり楽しい。
子どもが小さいうちくらいだろうと、これからもあちこち出かけようと思い帰路についた。

次の帰省は計画を立て、さらに工場見学なんか予約したいと心に決めた帰省でした。

・・・ちなみにうちのちびっ子が一番感激したのは「かば」でした。

20180104_125540.jpgかなり大きな池と運動場に大きな出目男くんの背中。大きくてビックリ。

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年末です

安齊

年末はどう過ごそうか。

年内出勤最終日の今日は、なんだかソワソワしています。

でも年賀状は宛先の印刷が終わっていなく、大掃除もしていなく、クリスマスツリーもまだ飾ったまま・・・。このままではまずいのですが、夜になったら子どもの寝かしつけと同時に寝てしまう毎日が続いております。

卒業した生徒が言っていました。

「明日やろうはばかやろう」

私もばかやろうにはならないようにしなければ・・・とは思いつつ、眠気に勝てない日々。

そんなわけで、私は今日の夜に眠気に負けないようにがんばります。

明日はたまっている録画した番組を見よう。1,5倍速か、ドラマは初回と最終回だけ。

それではみなさまよいお年を・・・。

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2017そして2018へ

田房絢子

2017年もあと6日ほど。毎年「年々、一年が終わるスピードが加速しています!」とみんなして言い合っているのですが、今年ももれなくあっという間に終わりを迎えようとしています。これって老いのせいなんでしょうか。なんで毎年加速するんでしょうね?

さて、そんな2017年はどんな年でしたか?楽しい人、悲しい人、ハッピーな人、切ない人、いろんな感想があると思います。私の一年は楽しいで始まり、切ないで一休み、また嬉しいで気持ち浮かれ、穏やかになりつつ、心ざわついた一年でした(要するに色々)。そんな中、何か新しいことを始めてみたいと思ったので、なんと「習い事」を始めました。週に1回程度ですが何かと真剣に向き合っている時間は、思った以上に自分の中で大きな位置を占めるようになりました。この職業はある程度形の決まった大きな流れの中で1年が過ぎていき、子どもの顔ぶれは変わるもののそれを何度も何度も繰り返します。そんな生活を長年過ごしていると、大小変化はあっても、知らずと流されていることが多々あります。そんな日常にメスを入れるわけではありませんが、うっすらとした期待で始めた新しい試みは私の生活に色濃く刻み込まれることになりました。また少しするとそれも日常になるのでしょうが、いつまでも特別な時間の流れとして過ごしていきたいなと思っています。

そんな2017年を踏まえ、2018年はどんな年にしようかなと思っているところですが、やっぱり新しいことを始めたいと思っています。というのも自分の人生を振り返ったとき、「学ぶ」ということがいつもそばにあった気がするのですが、最近それを少し忘れているなぁと思ったのがきっかけです。というわけで、自分なりの「学ぶ」気持ちを取り戻す2018年にしたいと思っています。

今年3月に卒業を迎えたみんなも今きっと頑張っています。学業や仕事においてたくさんの学びに触れていると思います。それに負けないよう、そして一緒に学び続けるよう、担任としてエールを送るつもりで私もひとり頑張りたいと思っています。

さて、みなさんの2018年の準備はいかがですか??

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救命講習の成果

三和高校  本間香菜  

 救命講習とは、応急手当の知識と技術に関する講習です。この講習では、緊急時に消防車が到着するまでの間に、私たち一般の通りすがりの人間でもできる処置の方法を学びます。私たちの学校でもこれまで、全日コースのスクーリングのプログラムや月1コースの体験実習として、和寒支署の消防士さんにお願いしてこの講習を行ってきました。私も生徒と一緒に講習を受け、実技の練習を行ったり、生徒が実習を受けている様子を見たり聞いたり、何回かの講習を経験しました。
 とはいえ、普段の生活で緊急事態に遭遇することはなく、その経験が役に立つ日がくるとは思ってもいませんでした。が、その成果が試される日は突然やってきました。

 ある夜、少し遅めの時間に札幌からJRで自宅へ向かいました。私は窓側の席に座り、音楽を聴きながら遠くを見つめていました。半分無意識だったその時、急に右斜め後ろから前方に人影が飛び込んできたのと同時に大きな物音が・・・!!
 軽快なリズムが流れているイヤホンの音を遥かに上回った「どーん」という音が車両内に響きました。あまりに突然の大きな音にびっくりした私は「わぁーあ!!」と声を発しながらその場に立ち上がってしまうほど。

 立ったままの私の隣には、たまたま居合わせた見ず知らずの乗客が席に座り、その横の通路には女性が倒れている様子。同じ車両にいた乗客達も、ただならぬ事態に動揺していました。が、通路に倒れる人影を見つけ徐々に近づいていきます。さらに恐る恐る「大丈夫ですか。」の声。しかし、その人物からはなんの返答もなく、微動だにしません。

 ここで、私の頭の中には普通救命講習での光景が駆け巡りました。最初にやることは意識の確認。肩をたたき、大きな声で「大丈夫ですか?」の声かけです。しかし、その女性の周りには数人が集まり、私の隣の席には座っている人、すぐ近くにいるのに近づけません。

周りの人の困惑する様子を見て、焦って勢いで声を出した私。

少し遠い位置から立ったまま「大丈夫ですかー?」 

声に出すと同時に、心の中では「なんかすごください...。ちょっと遠すぎる...。」
と、自分で自分につっこみをいれていました。

 その後は、ただただ周囲があたふたしている間に、女性は自分で目を覚まし、何事もなかったかのように、自力で空いていた席に座るという予想外の展開。緊迫した状況からのあっけない収束に乗り合わせた乗客もモヤモヤした雰囲気の車両内。様子を見ていると、彼女はちょっとだけ酔い過ぎてしまったようです。(お酒の力って怖いですね)

 今回私は、講習で習ったことを全力で発揮する事は出来ず、もっと自信を持って前に出て行くべきだったのかな...と後から考えました。
 日々の生活でも「こうしたら良かったな」と思うことがたくさんありますが、これも次へのSTEP。今回のこの恥ずかしい体験?も、次にこのような事態に遭遇した時には、スムーズに応急処置をするための心の準備。そう思わせてくれた珍事件体験でした。

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「どうぞ、お座りください」

札幌自由が丘学園 亀貝一義

私はこの10年間ほど、三和高校がスタートして以来、JRを利用して通勤している。はるか半世紀以上も昔のことだが、高校通学も同じだった。そのころは「JR」でなく「国鉄」だったが、言い方は「汽車通」だった(和寒-士別間)。その時はすべて蒸気機関車が列車を引っ張っていた。

今、学園都市線を利用する。この線は、よく「故障」する。ちょっと雪が降った、風が強かった、地震だ、などが理由だが。他の線はどうなのか、よく分からないが...。

それはともかくとして、私の乗降する駅は、札幌駅から2つめで、乗っている時間もたかだか10分足らずだ。だから混んでいるときはデッキで立つことが多い。「どうぞ詰めてください」という放送がよくあるので、車内に詰めて乗ることもあるが、自分ではあまり車内に入りたくない。なぜかと言えば、私のような高齢者が立っていると、しばしば「どうぞお座りください」と席を譲ってくれる人が少なくないからだ。その席を譲られることがイヤだというのは少々ヘンだと思うかも知れないが、この大いなる「善意」は、逆に「オレはそれほど年寄りに見られているのか」という気持ちになるからだ。だから旭川とか和寒にいくためにJRに乗って混んでいて立っている時などにはこの善意はありがたいと思うのだが、そういう2時間以上のJRに乗る機会はほとんどない。また乗ったとしても座席指定だ。

だから多少の高齢者がいたからといってすぐ「どうぞお座りください」と言わない方がいいのだ、と言えば、それもちょっと違う。じゃあ何を言いたいの?と聞かれると、「さあ、私は何を言いたいのだろう」と自問自答して迷う。

高齢者だけでない。障害を持っている人、妊娠中の女性、子どもをおんぶしたり抱っこしている人、その他病気かなと思われる人などで、立っている人がいると、軽く「どうぞお座りください」と一旦は言って、「有り難うございます」と座る人ならそれでいいし、「いえ、すぐ降りますから」という人であれば、「あ、そうですか」とそのままでいいのだ、と言うようなことなのかな。

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「不登校」、14年ぶり13万人超え

札幌自由が丘学園 亀貝一義

これは「不登校新聞」11月15日付けの記事の見出しである。文科省発表の速報値を報道した。

不登校の小中学生の合計数が13万人を超えた、これは2002年度以来で14年ぶり、4回目という。

134,398人だった。全生徒に占める割合は3.01%で、3パーセントを超えたのは過去最高である。

これまで不登校を文科省の把握としては「問題行動」に位置づけられていたが、昨年不登校は「問題行動」ではなく、「生徒指導上の諸問題」に位置づけられるべきという認識になった。

問題行動ではない、いろいろある生徒指導の課題の一つだ、というのだが、こういう位置づけの変更は、不登校関連のテーマを「深刻に」ではなく、例えば欠席数が異常に多くなっている子ども、と言うように理解していこう、ということなのだろうか。この理解・認識の変更は、不登校への教育行政対応でどういう変更をもたらすことになるのだろうか。

他に「いじめ」の認知件数も32万4000件近い。前年度比で約10万件増加した。過去最高だ。更に子どもの自殺も244人と、これは平成元年以降最多となった。自殺に関係して、多かった状況は、家庭不和、進路問題で、いじめ問題が10人だったという。

学校教育に関連する諸課題は実に多様で、どう私たちが対応していくのか、その具体的な方策をこれからしっかりと考えていきたい。ここ20数年間の実績と教訓に当たりものを一つ一つ再確認していけば、どこにもまして積極的で建設的な提案ができるに違いないのだ。

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晩秋につらつら思うこと

三和高校 桑名八重

あっという間に秋が終わろうとしています。
1年が早いな~という気持ちも年々、加速しているように思う今日この頃。

高校生にとっての1年はどういう感覚なのかな、とふと思う時があります。
自分が高校生の頃、
「あー、やっと1年が終わった・・・。」と本気で思っていました。

あの頃の高校生は世間の情報はテレビかラジオか雑誌か新聞かで得ていました。
今の高校生はネットをはじめ、沢山の情報源に囲まれています。
忙しなく流れていく情報を受け取って、もしかしたら私たちの高校時代よりも1年は早く感じているのかな?とも感じます。

1年を長く感じるか、短く感じるか。

どちらでも良いことかもしれませんが、長く感じるほうがなんだかゆっくりと物事に向き合って、考えることができるのではないか、と最近思います。

高校生の頃の長く感じた1年を今、体感できるなら・・・
新しいことにチャレンジしたい、
もっと沢山の本を読みたい、
ゆっくりと散歩をしたい。

いつでもで出来そうな、ささやかなことでも受け取る感覚が違って、違う見方が出来るんじゃないかと思っています。

時間の流れをどう感じるか、その人の生き方が表れているのでしょうか。
きっと、私は毎年「1年が早いな~」という生活をしているでしょう。
それが寂しいとは思いませんが、自分が納得いく一日が過ごせればいいなとは思っています。

担任するクラスの生徒たちは3月には三和高校を巣立ちます。
彼らは今、目の前のことに精一杯頑張っています。
予測の付かない新しい環境に向けて頑張っている彼らが、卒業までの一日一日を大切にしてほしいと願っています。

あと僅か。
彼らが「あっという間だった」と感じるほど、楽しく充実した日々にしたいと思う半面、正直送り出すことが寂しいと思う今日この頃です。

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「全道のつどい」の感想

高村さとみ

 9月30日(土)、10月1日(日)に「第18回不登校・登校拒否を考える全道のつどい」が開催されました。不登校の当事者、保護者、支援者が集い交流しよう・悩みを語り合おうという主旨の会です。道内各地から人が集まり、100名以上の方が参加していました。私は2年前からこのつどいの実行委員をしています。プログラムの一つに不登校を経験した若者3名に登壇してもらい、不登校時の経験を話してもらうシンポジウムがありました。そこでの話がとてもすばらしかったので、その感想を書きたいと思います。プライベートな話にはあまり触れないようにするため、少しわかりにくいかもしれません。
 3名の話を聞いて率直に感じたのは「等身大の話」であるということです。フリースクールを利用した人も主に家で過ごした人もいましたが、学校を責めることもフリースクールを賞賛することも不登校を悲観することもありませんでした。もちろん当時は辛い気持ちを持っていたと思いますが、不登校を良い意味でも悪い意味でも特別視していないのです。「風邪をひいたみたいなもの」と表現した方もいました。大勢の前で話すときなどは相手の望む話をしたい、盛り上がる話をしたいというフィルターがかかるものです。学校に行った方がいいとかフリースクールや家の方がいいとか、そういう話ではなく自分の状態として不登校だった。これを前提とした話はそうしたフィルターの薄い誠実な内容であると感じました。
 また、3人の話のバランスもとても良かったです。私から3人に依頼をしておいて何なのですが、どんな話になるのかは当日聞くまでわかりませんでした。例えばフリースクールを利用していた方がいたり、不登校中は家族に支えられ家で充実した日々を過ごしていた方がいたり、逆に罪悪感を持ちながら過ごしていた人がいたり。お父さんとの関係について、2人は主にお母さんとやりとりをしていてお父さんの考えは今もよくわからないと言っていたのに対して、一人はお父さんが「学校に行かなくても何とかなる」と言ってくれたことで気持ちが楽になったとのこと。三者三様の話でありながら「等身大の話」といというつながりがあることがまたおもしろかったです。いつか「お父さんの語る不登校」は企画してみたいですね。
 結びは「自分たちの話はあくまで自分たちのもの。子ども一人ひとりに何が合うのかはわからない。」という言葉でした。これは本当にその通りで、今回の若者たちにはこれがよかったという話でも、他の人には当てはまらないことも多いでしょう。だからこそ相手がどんな気持ちであるのか、何を望んでいるのかを理解しようとする努力を続けなくてはなりません。正解のない点は難しいところでもおもしろいところでもある、そんなことを改めて思ったつどいでした。

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登山

安齊 裕香

久々の登山。

初めての藻岩山登山でした。

藻岩山は車で遊びに行ったくらいで、登山は初めてでした。

まぁまぁですかね。久々にしてはまぁちょうどよかったなぁと思います。無理なく登れました。

正直登山はあまり好きではないです。

でも沢やアドベンチャー的な何かがあると好きになっちゃいます。

ひたすら登るだけは苦手です。

でも富士山には登ってみたいとは思っています。

以前は天塩岳や武利岳に登りましたが、すごくおもしろかったかと言われるとそうではなく、「あぁ登ったな~」と思うくらい。

小学校の頃、家族で大雪山の旭岳に登ったのはとてもいい思い出。

登頂できたら一番大きいソフトクリームを買ってくれる約束をしました。

そうなると私、強いんです。

見事にクリア。大きなソフトクリームゲットです。当時住んでいた町の中で一番大きなソフトクリーム。今はないけど、コーンが大人の顔の半分くらい大きい。そんな大きなソフトクリーム美味しかったな~と思い出せるくらいのうれしかった思い出です。

登山はたいして記憶にないけど、ソフトクリームで頑張れたのははっきり憶えています。

ご褒美って大事なんだなぁと思います。

今じゃ登ったからってご褒美なんてもらえないので、どこにモチベーションをもっていくかが問題。

今回決めたのが、終わったらラーメン食べよう。

はい、行きました、ラーメン。

チャーシューラーメン。お腹空いているのに入っていかない。

帰ると熱が・・・38.3度。

3連休でよかった~。でもラーメン美味しく食べたかった~。

次回は熱を出さずに登山の後のラーメンを楽しもう。

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南九州への研修旅行

桜島.jpg

札幌自由が丘学園三和高校校長 亀貝一義

これまで利尻方面に行ったのが最初(06年)だったが、その後知床(07年)、与論・沖縄(08年)、中国地方(09年)、知床(10年)、沖縄・与論(11年)、輪島・金澤・高山(13年)と7月から9月にかけての時期に、職員の研修旅行を行ってきた。常勤・非常勤の職員が10人前後だった。

4年ぶりでこの9月末、3泊4日で南九州に行くことにした。鹿児島県と宮崎県。
大人10人、子ども1人の11人のグループ。子どもというのは安斎さんの1歳7月の男の子。この子は人見知りなどするはずもない愛嬌あふれた可愛いしぐさとスゴイ賢さをひれきする蒼翔(あおと)ちゃんで、旅行グループみんなのアイドルになった。

鹿児島は、19世紀半ばから、江戸幕府を倒し近代日本を切り開く重要な役割を果たす人材を輩出した地域で、随所に西郷隆盛の面影を想像させる物があった(薩摩藩)。また新しい時代をつくり出そうという藩の息吹のような物(「工場」に類する「尚古集成館」?)などを見ることができた。
私たちが去ってまもなく桜島が噴火した。その桜島をいろいろと視察できたのだが、その時は「噴火する」など想像すらできなかった。

また宮崎県は、その昔日向国(ひゅうがのくに)といわれていたように、日に向かう国だった。というのは、日本をつくりだした神たちはここで活躍したという。この地から大和をめざしたことになっている。これに関連する遺跡があり(高千穂など)、伝承が多くある。だから日向国にいると、天照大神(太陽の神)と多くの神々が議論し、天地を創造したいきさつなどが「なるほど」と思いたくなるような感がする。

南九州旅行は、そういう日本の誕生から始まって、明治維新、さらに近代工業化の波がここから始まったという歴史をおさらいすることになった数日間だった。

それにしてもレンタバスを終始運転してくれたのは杉野学園長。杉野さんの「神わざ」的なドライブテクニックに感嘆したことをつけ加えておきたい。

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