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カモメ

三和高校 桑名 八重

最近、札幌市内でもカモメが営巣・繁殖しているというのが一般的になってきた。
確かに道庁の池にはかもと一緒にカモメがいる。

私が街中でカモメに気づいたのは20年程前。
当時、学生で狸小路でアルバイトをしていた私は、夕方バイト先に向かう途中で鳴き声を聞くことがあった。
始めは「なんの鳴き声だ?」と思っていたが、そのうち滑空しながら飛ぶカモメを見るようになった。

何でカモメが・・・と不思議に思っていた頃、ニュースで取り上げられていた。
それによると、

もともと、餌を求めて豊平川に沿ってやってきたカモメ。
石狩湾からやってくるそうだ。
ススキノなどの繁華街のゴミが雑食のカモメにはぴったりだったらしく、居着いた。カラスよりも大きいから餌の確保も負けない。
そのうちビルの上で巣を作るようになっていった。ビルの上はちょうど自然界でのカモメの巣作りの環境と近いらしい。
天敵もおらず、街中はカモメにとって住みよい場所になっているとのこと。

なるほど。

それから20年。
気がついたら、ススキノ・道庁付近だけでなく、家の近所でもカモメを見かけるようになった。
確実に生息域を拡大している!!
・・・まあ、我が家は豊平川の下流域だからおかしくもないが。
夕暮れの空をカモメが飛んでいるのもいつもの風景になった。

生物は生きるために、どんどん新しい環境・世界に飛び出していくものだな、と思う。

人も生き物もみんな必死なんだよね。

春、新生活が始まった人もそうでない人もちょっとづつ変化の時期です。
私もカモメに負けないように、自分の居場所を作りあげていこう。

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卒業生から学んだこと

渡辺莉卯

3月末、まもなく今年度が終わる。
全国では桜が咲き始めもう春の季節になってきているとはいえ、窓をたたく久しぶりの大雪を眺めていると札幌はまだまだ冬真っ盛りのようにも感じてしまう。

今月は三和高校の卒業式があり、おめでとうという温かい気持ちと、もう会えないんだねという寂しい気持ちとが渦巻いて、あっという間に1年間が経ってしまったことに驚いた月でもあった。また学校に遊びに来てほしいなと思いつつも、新しい場所で元気に楽しく過ごしてほしいなというのが1番で、卒業生のこれからを考えると私までワクワクしてしまう。

それぞれの道に進んだ生徒たちを見送りながら、ふと自分の高校3年間を思い出してみるとやっぱり卒業まではあっという間に感じて、楽しかったことや深く悲しんだことまでギュッと詰まっていたように思う。ただ今回、三和高校の卒業生を見ていて私とは違うなと感じたのはここまで真剣に将来のことを見据えて考えていたかということで、はっきりとは自分がどうなりたいのか、何をしたいのかとは全くと言っていいほど考えてなかった。

高校生の時、おそらく大丈夫だろうと、何が大丈夫なのかもよくわからないのだがそのわからないままで卒業の時期になっていた。

その中で私が意識したのはとにかく興味を持っていることができる場所に行こうというもので、何がしたいか決められないからこそ複数の興味がある分野を学べる場所に行くことにした。それしかやり方がないのだと思っていたが、今回の卒業生を見て、それだけではなくもっと色々な将来につなげる道や考え方があったのだなと改めて知った。1人1人違ってよくて、みんなと同じである必要も全くないのだ。

2年後3年後と、月日はあっという間に流れて三和高校もこれからどんどん卒業生を出していくだろう。私も、その度にまた温かい気持ちになったり寂しい気持ちになったりするのだと思う。そこまでに生徒たちが自分は今何をしたいのか、どこに行きたいのかと、普段の学校生活の中から私も一緒になって生徒と考えていきたらと強く思った。

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旅立ちの日

三和高校 本間 香菜

 札幌自由が丘学園のすべての卒業式が終わりました。私は、三和高校の全日コース・月1コースそれぞれの卒業式、フリースクールの新しい旅立ちを祝う集いに出席し、3週間連続で毎週感動し、胸いっぱいの時間を過ごしました。

 その中でも私にとって1番の本番は、やはり担任をもつ月1コースの卒業式。9月に行った月1コースの卒業式を思い返すと、卒業までの準備もばたばたのまま、私にとって初めての自分の生徒の卒業式をあっとゆう間に迎えました。当日には、一気に卒業式の寂しさと感動との複雑な感情を実感し、出席をとるだけで寂しくなり、卒業式の最中には涙をこらえられずに号泣しました。また、生徒たちへのメッセージを伝える場面では、落ち着いて息も出来ず、きちんと話すこともできない程でした。

 今回の卒業式では、事前にスライドを作ったり卒業生それぞれにお手紙を書いたり、様々な準備をしながら「卒業までに様々な課題を一生懸命クリアしてきた生徒たちの成長」「一緒にたくさんの思い出を作って過ごしてきた彼らが去るという寂しさ」が込み上げて来てはこっそり泣き、こんな状態では本番にはどうなるのだろう...と思って過ごしてきました。

 その一方、この準備の中で、月1コースの生徒の授業以外での学校の思い出の少なさを改めて実感しました。そのため今回は、数少ない行事の1つである卒業式を、卒業生にとっても在校生にとっても楽しい1日したいと考えました。

 結果、3月10日の卒業式。感動で涙した瞬間もありましたが、生徒以上にはしゃぎ、寂しさをすっかり忘れて卒業式を楽しみました。(生徒にとっても思い出の1日になっているといいなぁと願います...)

 しかし、楽しかったと同時に一気に終わってしまった卒業式。終わった後から、卒業生との最後の1日がもう終わってしまったという事を実感し、一気に寂しさが込み上げてきました。卒業式帰りの札幌に向かう車内、翌週の学校は「卒業生たちがもう三和の生徒でなくなってしまった、もう学校に来ない」という寂しさが一番のピークでした。数日経った今でさえ、その寂しさが時々顔をだします。

 けれど、教員になって初めてのクラスで今回の卒業生を含む生徒たちと過ごし、たくさんの事を教えてもらった1年間。卒業式の嬉しさと寂しさを思い知った今年度の2回の卒業式。今は、何よりも感謝の気持ちでいっぱいです。これから何回、こんなに寂しい思いをするんだろうと思うと恐ろしい気持ちもありますが、今の在校生たちが成長し卒業していく時はどんな顔をしていくのだろう・・・という期待の気持ち。

 この気持ちとともに、これから先も私の学校生活が続いていく事でしょう。

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春はあけぼの。

 高村さとみ

 料理漫画が好きだ。

 「きのう何食べた?」「花のズボラ飯」「高杉さん家のおべんとう」「甘々と稲妻」「いぶり暮らし」。どれも日常の自炊をテーマにしている。これらとはやや趣旨がちがう漫画で「ワカコ酒」というものがある。20代の女性が一人店に入って酒を楽しむ漫画だ。内容はおつまみとそれに合わせた酒の描写が大半を占める。私も20代半ばから一人飲みを始めた。多人数の飲み会も楽しいが、一人だと自分の飲みたいお酒、食べたいおつまみを自分のペースで楽しめる。家でも店でも楽しい。飲むお酒はもっぱらビールか日本酒である。好きなおつまみナンバー1を決めるのはとてもとても悩ましい。その時の気分、家で飲むのか、店で飲むのかなど状況によりけりだ。
 疲れているときはジャンクなものが食べたくなる。ポテトチップスのような菓子類やコンビニのレジ横に並ぶコロッケ、唐揚げなど。逆にこういうものを店で頼むことはほとんどない。たまに無性にソース味のような濃い味が食べたくなる時もある。これらには第3のビールがいい。すっきりしたビールと油、濃い味の組合せが好きなのだ。
 気分が良いときも落ちているときも日本酒がいい。気分が落ちているときには熱燗で体からあたためたい。ゆっくりじっくり飲むには塩辛や酒盗、ホタルイカの沖漬けなどの珍味。ちょびっと食べて、ちょびっと飲んでで永遠に酒がすすむ。気分の良いときは冷酒。日本酒はどれも好きだが、フルーティな香りの広がるものが特に好きだ。冷酒に合わせるならあたたかいおつまみがいい。おでんや煮物は具もおいしいが、正直だし汁だけでもおいしく飲める。
 店にあるとつい頼んでしまうのは、レバーやモツ煮などの内臓系。家で飲むときは上記のように安く手軽なものがいいが、店では家であまり食べないものを食べたい。レバーはたれで、焼き過ぎていないふわふわのものがいい。焼き鳥にはビールだ。
 漬物や刺身などさっぱりした味わいのものには日本酒がいい。刺身はそのままでも昆布じめでも漬けでも全ておいしい。牡蠣もあればつい頼んでしまう。焼きか蒸しでレモンをかけたい。おととしの夏、福島で食べた牡蠣が忘れられない。北海道で食べるものと形からしてちがう。まんまるでぷっくりしていて大きい。1つ食べるだけでもものすごい満足感だった。(以降、300余段までつづく)

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「怖さへの挑戦」

                                              渡辺莉卯

突然だが私は道産子にも関わらず、昔から氷道というのがかなり苦手である。

小学生の頃、私に住んでいた地域では同じ地区の児童数名で集団登校するのが決まりになっていた。私のいた地区でも1年生から6年生まで10数名で待ち合わせをしてから、毎日登校していた。

私が小学校1年生の時、冷え込んだ風が頬を突き刺すような冬の朝のことだった。
いつもように皆でぞろぞろと登校していたのだが、ある場所で私はまったく動けなくなってしまった。実は私達の住む地区は坂の上にある。学校に行くにはまずこの長い坂道を下りなければいけなかったのだが、この日は前日からの寒気の影響でその道がツルツルに凍っていたのだ。

幼い私は、生まれて初めて見る1歩でも踏み出すだけで滑り落ちていきそうな長い氷道を前に、恐怖ですっかり足が竦んでしまった。そうこうしている内に周りはどんどん先に進んでいき、置いていかれる不安もあって半泣き状態だった。それでも情けないことに一向に足が前に出ないのである。

結局最後までどうしても1人で歩けず、優しい上級生に手をひかれながらゆっくりゆっくり下りていった。それ以来、私は氷道がすっかり怖くなってしまったのだ。

つい先月、数名の生徒と一緒にスケート実習に参加してきた。
氷上を歩くのが怖い私にとって、なんと十数年ぶりのスケートリンクだ。怖さを抱えつつ、それでも生徒と手をつなぎながら一緒に滑り、ヨロヨロしながらも最後まで楽しむことができた。それでもまだまだ上達までには程遠い感じである。

怖いことや苦手のことは誰にでもあると思う。怖さへの挑戦はいつだって大変だが、それでも自分のペースでくりかえし取り組んでいくことでいつか怖さに打ち勝ち、できた!という自信に繋げていきたいと今でも強く思う。

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女ともだち

 桑名 八重

先日、久々に学生時代の友人に会った。
約1年半ぶり。

同じ市内に住んでいるが、たまーに会う間柄で気がついたら今回はこんなに日が経っていた。

彼女とは女子大の4年間を一緒に過ごした。
ゼミは違ったものの、ほぼ同じ講義を受講しお昼ご飯も一緒に食べていた。
学校によって女子校は雰囲気が違うと思うし、私たちはお互い高校まで共学だったのでずいぶんさばさばした女子大ライフだった。
意外とお一人様行動も多かったし。一緒に過ごしていた他の友人もそういうタイプばかりだった。

私はなんだかいつも忙しい学生で、学内では一緒に過ごしていたが学外で遊ぶことはほとんどなかった。
卒業式の日、彼女を含め友人たちに
「あんたと飲みに行ったり、遊んだ記憶ない。帰り道が一緒になったのも試験の日くらいだったわ~」
と言われるほどだった。

そんな私なので、卒業後も友人たちと頻繁に連絡を取る事もなく会う事もなく。
なんせ、携帯を持ったのも大学卒業後なので、番号を知らせていないし、知らないし。
かなり不義理なことしています(高校時代の友人からは行方不明扱い。しょうがないが・・・)。

そんな中、彼女とだけは年賀状などで細々と連絡が続き、お互いに地元に戻ってからは年1ペースで会っていた。

会って何を話すわけでもなく、近況やお互いの子どもの事、日常のちょっとした疑問など。
取り留めもなく2時間ほどうだうだと話す。
ただ、それだけの時間です。

そんな関係でいいと思っている。
学生時代に出会って、ほぼ20年。あの頃と変わらずに付き合える友人関係が、嬉しいのです。

その彼女が4月から地元を離れることになった。
数年前から聞いていたが、忙しなく過ごしていた私はまだ2,3年先だと思い込んでいた。
正直、びっくりして寂しかった。

もうしばらくは帰省以外では戻れない。
今までだって頻繁に会っていた訳ではないが、とても寂しい。

永遠の別れではないけれど、次にいつ会えるのか。会える機会を大切にしたいと心から思う。

私たちはたくさんの人と関わりながら生きている。
けれど、ずっと関わりが続く相手は意外と少ないのかも知れない。その中でも私はマメではないので特に少ないと思う。
それでも人との付き合いは大切にしたいと思っている。

今、高校生活を送る生徒たちにはぜひ、一生つながれる友人を作ってほしいと思う。
いつか、昔の自分をふり返るとき、一緒に思い出話ができる友人がいることはやっぱり嬉しいことだから。

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かっこつけたいお年頃?

本間 香菜 

 先日スノーボードに行ってきました。


 私は、数年前までスキーリゾートで有名な町に住んでいました。就職でその町に引っ越した事をきっかけに、ボードを始めました。最初の数年は、仕事帰りや休日には、山へ行ってちょっとだけ滑って温泉に入って帰ってくるという贅沢な生活をしていました。しかし、腕の骨折をきっかけにぱったりと山に行かなくなり、町を離れてからは滑りたいと思っていても、なかなか山へ行く機会がなく、今回のボードはなんと、約4年ぶり。昨年末から、時間を見つけて行こうと計画し、やっと行ってきました。

 久しぶりにボードに行こうと決意した理由は、来週の『ウィンタースポーツデー』。生徒の前でかっこ悪い姿は見せられない...と思い、わざわざスキーリゾートの町から元後輩を呼び出して、ウィンタースポーツデーの実施場所である手稲スキー場に行ってきました。
 もともと究極の運動音痴な私なので、長くボードを続けていたわりに上手に滑れると言うには程遠く、さらに、長い間行っていなかった事で体力も筋力も衰え、滑り方もすっかり忘れていました。その日は、1日滑って、なんとかリフトの乗り降りや滑り方をなんとなく思い出して、上から下に降りてこられるぐらいの感覚を取り戻しました。久しぶりに滑ってみて、事前に練習できて本当に良かった!と心から思いました。

 普段の私は、「かっこつける」という言葉は全く似合わず、もともと「かっこつけたい」と思うこともほとんどありませんでした。しかし、学校では「かっこつけなくては」と思うことが多々あります。授業中に予想外の質問が来た時、苦手な運動、初めてのカヌーやスノーシュー、保護者会、三者面談など...この1年は様々な場面でどきどきしながらも、その様子を周りに悟られないようにしてきました。とは言っても、気合いでカバーできない事も多々あり、生徒に突っ込まれる事もあります...。
 今年の冬季スクーリングでは、1年生のそば作りに同行しました。その際、そばを切る作業を少しだけ手伝わせてもらったのですが、そばをきれいに切るための定規の役割をする『のし板』をそばと一緒に切ってしまい、そばの中に木くずが混ざってしまって、生徒に笑われるというハプニングがありました。また、昨年実施した、クラスの保護者会の後にも、保護者の方から「先生、緊張していたでしょ~?なんも緊張しなくてもいいのに~。」と声をかけてもらいました。

 暖かい言葉を頂いて、とてもありがたい気持ちと、もっともっとしっかりしなくてはという「かっこつけたい気持ち」を感じる今日このごろ。今後も日々たくさんの経験を重ねて、自然と「かっこつく」ようになりたいと未来の自分に期待しています。 
 ウィンタースポーツデーまで、あと1週間。生徒の前でかっこよくボードを滑れるように、毎日10回のスクワットを頑張ります!!

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新しい年がスタートしました

札幌自由が丘学園 亀貝一義

2017(平成29)年がスタートしました。いつものことですが、今年(は、こそ、も)いいことがかさなるように、と誰もが祈ります。

私は今年も初詣(はつもうで)に行きました。家族とそろってです。「家族みんなが健康であって欲しい。神さまお願いしますね」と、お賽銭箱に150円を投じていのりました。二礼二拍手。西区の西野神社にお昼頃に行ったのに大行列(この神社はごりやくがあるという定評ができたといいます)。

新年を迎えていつも思い出すのは万葉集の一番さいごの歌です。万葉集を編んだといわれる大伴家持の作と伝えられています。

あたらしき としのはじめの はつはるの けふ(「きょう」と読みます)ふる雪の いやしけ吉事(よごと)

という歌です。

新年を迎え、今降っている雪がつもるように、今年もいいことがかさなるといいな、と誰もが心に念ずることを歌にしたものです。この歌が万葉集の一番最後であること、編者の家持はこの後活躍をやめています。だから彼自身のその後のことは分かりません。いいことが重なっていたか逆であったか。それはともかくとして、いいことがあって欲しいという新年の期待・希望が表れるいることを確認しながら、1000年以上たった今でも人は同じことを祈るのだな、と思って欲しいということです。

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振り返ることと新たに思うこと

私は「今までこうだったから」とか「こういうものだから」とか「普通は・・・」という考え方が好きではありません。しかし、そう考える大人は少なくなく私の周りにもその考えが染み付いた大人がいました。その様な考えでは進歩も発展もなく、新しいものを生み出せないと思います。新しいものを生み出すことは言うほど容易ではなく、綿密な計画と可能性を裏付ける根拠とが必要です。ひらめきも大切な要素のひとつですが、常に考える癖を身につけてかなければひらめくことさえありません。だから毎日、いつでも考えています。「考えてばかりいないでやることをやりなさい」と言う大人も少なくなくて、でも口癖のようにこう言っている大人に限って、考えようともせずどこからかコピペしたようなことを口にしているように思えてなりません。まるで評論家です。そういう人は発想力(創造力)が貧困なのでしょう。生み出そうとする物事に「完璧」や「絶対」はありませんから、ある程度のところで生み出すことが大切で育てながら悩み、若干の方向修正をしながら育て続けることが更に大切です。そして継続することが大切で、これを結構軽んじることが多いように感じます。何かを創っては潰し、潰しては創ることをクリエイティブと捉える風潮が昨今あるように感じるのは私だけでしょうか。

札幌自由が丘学園グループはフリースクールと通信制高校があります。この2つの学校(一方はオルタナティブでもう一方は認可校)も今まで通りには行かないし、今まで通りに行こうとも考えてはいません。「義務教育の段階における普通教育に相当する教育の機会の確保等に関する法律」が成立しフリースクールがもつ意味をこれまで以上に大人が、社会が真剣に考える時期になりました。通信制高校の数が増える一方で「教育の質」を問われる機会が非常に増えています。いい加減なことをする高校があることは事実かもしれません。しかし、これは通信制高校だけのことではありません。要するに「高校教育のあり方」を見直す時期であると私は捉えています。高校教育の重要性を再認識し構築しなおす時期です。学ぶ主体である子どもをしっかりと中心に据えて、教育内容と教育方法の両面を吟味することの重要性が更に増したということでしょう。

頭を抱えながら、頭を突き合わせながら一緒に考えられる大人たちとこれからも仕事に取り組んでいきたいと切望します。2017年はこれまで以上に「考える年」にしようと決意を新たにしました。考え抜き行動する知力と体力を身につけよう。新しいこと1つとやり残したことの1つに取り組み成し遂げようと自分に言い聞かせる年始になりました。

学園にかかわってくださっている多くの方々、関係機関の皆様、本年もご指導ご鞭撻をよろしくお願いいたします。

2017年1月5日  札幌自由が丘学園 学園長 杉野建史

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終業日

3学年担任  田房絢子

先週22日に無事、終業日を迎えました。体調不良に悩まされていた生徒も復活して一安心。幸いにもインフルエンザに倒れてしまう子が誰ひとりいない2016年の終わりです。

でも終業日を迎えたと言うことは、3年生は冬休み明けの試験ウィークを最後に家庭学習期間に入ります。補習があるかどうかはひとまず置いておいたにせよ、クラスとしてみんなで顔を合わせるのは片手で収まることになってしまいました。12月に入ってからカウントダウンの暦を作り、日ごとめくったページも残りわずか。一枚めくるごとに心に空いたぽっかり穴がどんどん広がっていくようです。

2016年は「とにかく忙しい」という言葉で覆い尽くされていました。校務はもちろんいつだって忙しいのですが、そうではない所でひとり忙しくしていました。気持ちがずーっとずーっと、とってもとっても落ち着かないのです。いや、正しく言えば気持ちが穏やかなのに落ち着かないといった所でしょうか。これは3年生を担任した日から始まっていました。担任が決まった日から、一緒にいられる喜びと、そして卒業を見送るだろうその日の悲しみが始まりました。

卒業しても1人ひとりには会えるけど、みんなには会えません。

これは最初からわかっていたことなので、覚悟はしています。

でもきっと想像以上に私にダメージを与えることになりそうで、ちょっと怖くもあります。

でも、みんなの新しい出発の2017年なら、私にとっても再出発です。

どれだけ悲しい思いをしたとしても、それを越えるような発見や喜びもあるでしょう。

そうやって年を重ねて、見送って、一つ一つ積み重ねていくのでしょう。

年末のこんな天気だから感傷的な気分になっているのかもしれませんね。

あーあ、卒業式後の教室が今から憂鬱です・・・。

ある生徒が言っていました。「田房さんは大丈夫大丈夫って言い過ぎだよ~。大丈夫じゃないから!」

「大丈夫」これは12年前に初めて担任を持ったときからの、私の座右の銘なのです。

そんな今こそ自分に言い聞かせます。「大丈夫。きっと大丈夫だから。」

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