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新しいことを習う

本間 香菜 

 先日、友人と和菓子制作体験をしてきました。

 職人さんが用意してくれていた、色がついた'ぎゅうひ'の入りの餡の中心に餡玉を入れて丸くし、形を作ります。今回は3つの花の練りきりを作りました。

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 最初に作ったのは、梅の花(赤)。色のついた餡に餡玉を上手に入れること、道具の使い方など、練りきりづくりの基本を教わりました。次に作ったのが菊の花(黄)。この時は、梅で習ったことを応用し丁寧に作りました。制作の間にも職人さんは、関西と関東の練りきりの違いや和菓子作りの道具の話などのお話をしてくれ、私たちの知らない和菓子の世界を教えてくれました。
 3つ目の紫陽花(青)では、花びらの色が白とのグラデーションとなるように作る方法を習いました。これは、少し難しく、苦戦しながらもなんとか職人さんの作るような形に似たものをつくる事ができました。

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 自分で作った和菓子たちは、ちょっと偏った形になりましたが、我ながらとても愛おしい素敵な花になったように感じました。この約1時間程度で、3つものお菓子を作り、最後には少し難しい花を作ることができたことで、まるで職人さんの長年の技を手に入れたような気分でした。笑


 職人さんのお話を聞いていると、この制作体験も、修学旅行の学生などを相手に長くされているそうで、長年の経験からできた職人の技の1つであるのかな、と感じました。「短い時間で、和菓子を作る楽しさを習い、達成感を得る事ができる」私もこんな楽しい授業をしたいなぁ・・・私の職人への道もまだまだだな・・・!!

 と、ふと考えた1日でした。

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はぁ~るばる振り返る旅

フリースクールスタッフ 新藤理

夏休みが始まった。
イベント盛りだくさんで駆け抜けた一学期を振り返りながら、少しゆったりした気持ちで新たな日々に向かおう...そう思いつつ、気持ちはすでに次の大イベントに向けて忙しい。夏休みが明けてすぐに出発する、フリースクールの修学旅行のことだ。
今年は函館で三泊四日の旅行を行うことになった。函館で三泊すればかなりじっくりと時間をかけて名所をめぐることができる。グループごとの自主行動にも時間を多く割いて計画が進められている。彼らが函館市内を試行錯誤しながら(?)動き回っている時、スタッフはどうやって彼らにちょっかいを出そうか。そんなことを考えながらウラ計画を立てるのは実に楽しい。私たちだけ、気持ちはすでに「♪はぁ~るばる」来ている感がある。

函館での修学旅行は二回目となる。前回の函館旅行はかれこれ四年前のこと。

当時のフリースクールは現在に比べて在籍する生徒がかなり多かった。中学生集団なのに出で立ちは妙に大人っぽく、男子と女子は常にホレタハレタで泣き笑い、それなりの頻度で悪さをはたらき、でもそんな中で無邪気な小学生たちが可愛がられている、不思議な集団だった。
はっきり言ってそんな彼らを修学旅行に連れて行くのはかなりの重労働だ。当時の資料をひもとくと「誓約書」なる書類が出てくる。
・飲酒、喫煙、暴力行為、その他の非行を行いません。
・夜中にホテルから無断で外出しません。
・夜の就寝時間以降、とくに異性の部屋との行き来をしません。
交わすまでもないと思われそうなこれらの約束を、あえて書面にして誓わせる必要がこの頃はどうしてもあった。
今年の修学旅行に向けては、そのような「誓約書」は用意していない。きっと生徒たちに中身を見せれば「え、こんなの守るのが当たり前だよね...?」とびっくりするだろう。四年前と現在では、端的に言えばそういう違いがある。

そんな四年前の修学旅行中に起きた、今でも忘れられない場面。
ある男子生徒の言動に、何人かの友人たちが腹を立てていた。自己中心的で、話すことの真偽も疑わしいというのだ。「ちょっともう我慢できねえ。部屋にあいつ呼びだすべ」と漏れ聞こえてきた声に、私は待ったをかけた。そんなふうに頭に血が上った状態では解決にはならない、どうしても話したければスタッフを立ち会わせるように、と指導した。納得いかない様子の彼らがその後集まってどんな話をしたのかはわからない。一時間後、血を上らせていた彼らがあらためて私の所にやってきた。さっきとは表情が違う。
「新藤さんの言うこともわかる。さっきのオレたちは確かにちょっとまずかった。でも、なんであいつと話したいかって考えたら、苦情を言いたいとかこらしめたいとかじゃなくて、この先仲良くやっていきたいからなんだよね。そしてできればオレたちの中で始まったことだからオレたちで解決したいっていうのもあるし...それでも新藤さんが任せられないって言うんならあきらめるけど、もしよかったらオレたちを信じて、やっぱりあいつと話させてくれないかな」
さすがに真っ正面からこう来られては、私も彼らを信用するしかない。ありがとうございます!と安心した様子の彼らは、あらためて件の男子と話し合ってきた。後で聞くと、途中から冗談も飛び交うような、それでもお互いの気持ちを正直に確かめ合える、いい時間だったという。「オレがそんなふうにみんなにイヤな思いさせていたなんて気づいてなかった。これからは気をつける」と、ひとまずその場は丸く収まったらしい。
もちろん、それだけですべてがいい方に転がるような甘い現場ではない。激動の一年はまだまだ続く。その後もいろいろな事件が起きた。「旅立ちのつどい」の前日まで事件は起き続けた。ああ、思い出すと今でも頭が痛い。でも、不思議となつかしい。

しばらく前、当時一番いろいろとやらかしてくれた男子に偶然会った。高校でも平穏無事な日々ではなかったけど、何だかんだで大学に合格し、新生活を迎えようとしているという。
「あの頃のこと考えたら、スタッフのみなさんにホント頭上がんないです。なんか恩返しっていうか、これから学園のために何か役に立てたらいいなーって思いますね」
殊勝な言葉を贈ってくれる彼は、函館で語り合ったあれやこれやを今でも覚えているだろうか。

さあ、またまた行くぜ函館~。今年は何が起こるかな。誓約書はないけど、とにかくお互いを思いやりながら楽しい旅行にしようねとだけ強く約束して、手作りの「旅行のしおり」とにらめっこする時間がもうほんの少し続く。

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答えは風に舞ってる

高村さとみ

 ここ数年、学校の先生の実践発表を聞く機会が多く、フリースクールでもそれができないかと考えている。実際、授業を一つ取り上げての実践レポートは書いてみたことがある。授業のねらいと詳細、そしてそれに対する子どもたちの様子や変化。札幌自由が丘学園は五教科や体験的な活動を授業として行っているので、それに対する実践は書けはするのだ。
 しかし、フリースクールの実践といえば「なぜ学校に行けなかった(行かなかった)子がフリースクールで生き生きとしているのか」が肝になるだろう。事例はいくらでもある。いくらでもあるが、それを事例でしか紹介できないところが悩みどころなのである。一つの例を取り出すだけでは、「その子だから」で終わってしまう。「なぜ子どもたちが元気になるか」の共通項を見いだせなければ、誰も真似できない。何か良いことをしていたのだとしても、そのやり方は広まらない。外に証明できないのだ。
 なぜ実践として書けないかは何となくわかってはいる。フリースクールの性質自体が不登校の子どもに対応する、対処的なところなのだ。実践とするにはねらいが必要だ。子どもにこうあってほしい、が先にあって、そうなるために活動として何を仕掛けるか、という順序がある。しかし、子どもからスタートするのがフリースクールの特徴でもある。札幌自由が丘学園ではやっていないが、フリースクールの「ミーティング」がその例である。何かを提案・決定するときは全てミーティングで話し合う。大人と子どもはミーティングの場において平等である。むしろ札幌自由が丘学園のように教科学習など授業時間を確保している(そしてそれに必ずでるようにしている)ことは稀で、多くのフリースクールはそういった活動への参加も含めて子どもの自主性に任せている。実践・ねらいとなるとそこには大人側の意図が必要になるが、子どもの自主性を信じることが実践という形を取りにくくしているのではないか。これがフリースクールの活動を外部に知られにくく、評価されにくくしているのではないか。
 しかし、目の前で子どもたちを見ていると個々の事例では済まない変化や成長がある。フリースクールも子どもが集まって生活している以上、一緒の活動をしていなくたって互いに影響しあっている。集団としての成長を感じるのだ。それを何とか言葉にできないか。型にはまっていなくてもいい、フリースクールなりのやり方で子どもたちの成長を伝えられないか。そんなことを悶々と考えた1学期だった。夏休みに入り多少時間の余裕もできたので考えるのはこのあたりで終わりにして、次は書きながら言葉にする難しさに悶々としたいと思う。

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「なんとなく」と私

三和高校 渡辺莉卯

 まだ寒さが肌を掠るような日が続く5月中旬、私は長期のお休みを利用して函館に行ってきた。中学を卒業して以来の、実に7年ぶりの帰郷だ。


 学生の時は部活で忙しいなどと、なんだかんだ理由をつけて帰らなかった自分を「薄情だな。」と思いつつも、行きのバスの中では不思議と高揚感で溢れていたのを覚えている。

「海を見に行こう。」


 ふとそう思い立ったのが、札幌に帰る前日だった。とにかく函館の海の見えるところに行きたいと、なんとなく考えたのだ。

私はそういうところがたまにある。

そのなんとなくがいい方に転ぶ時もあれば、失敗して母に「だから言ったでしょ。」とお小言を食らうのも昔からよくあることだった。この時も、そのなんとなくが始まったのだ。

 さて、そのなんとなくから海を見に行って、そこで何か特別なことが起こったわけではない。その場所で運命の人に出会って、なんていうロマンティックな話もすがすがしいほどない。ただ函館朝市の前を通りながら、

「生魚の匂いって子供の時すごく苦手だったなぁ。」

などとどうでもいいことを延々と考えていたくらいだ。それは海を見ながらでも一緒で、

「あ、釣りをしてる兄ちゃんがいる。釣れてるのかなぁ。」

など、本当につまらないことを考えていたのを自覚している。
でも、そんなぼんやりとした時間が私は好きだなとも思った。

何かすごいことが起こったわけではないけれど、自分がその場所でなんとなく感じたことを思い返すことで、その場所を離れて時間が経ってもまたその場所に自分がいるような感覚になれる気がするのだ。

故郷を離れても、いつでも大好きな海の匂いを思い返せたらそれはそれで幸せだと思った。


「今回のなんとなくは、まぁいい方に転んだだろう。」と、いつもの如くまた根拠があるわけではないのだが、私はまた最後になんとなくそう感じた。

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卒業制作と3年生

田房絢子

久々に担任を持つことになってもう4ヶ月を過ぎようとしている。

1年生の後半を担任代行で持って以来の全日担任業である。

授業やら連絡事項やらなにやらで毎日が忙しく過ぎていく日々の中で、

ついにクラスに対して卒業制作について提案したのがつい先日のことだった。

この言葉をだしてしまうと、なんだか卒業に向けてリーチをかけたようで、

本当は出したくなかったのが本音。でも卒業は必然で、卒業制作もまた然り。

補習だのレポートだの残っていても、みんな卒業に向けてまっしぐらに進むに違いない。

卒業制作の話を出すと、みんな思い思いにアイディアを出してくれた。

1年生のころを想像するとちょっと信じられない。

卒業を意味のあるものとして残そうと必死に訴えてくれる生徒。

情熱を持っているわけではないけど、やると決まれば協力してくれる生徒。

きっと温度差はあるけど、この卒業制作は実を結ぶものと信じている。

この間終わった最後のスクーリングでは、ものすごく成長した姿を見せてくれた。

私がいなくちゃだめだったあの頃(大変な思い込みもありますが)から、

もう私がいなくても大丈夫といった力強い言葉。想像もしなかった今がある。

でもちょっとだけでもいいから、たまには必要としてくれたらなぁ。

卒業制作は私も一緒に作りたいよ-。だって担任を含めてのクラスでしょ?(泣)

なーんて、最近の3年生に一喜一憂している今日この頃の担任でした。

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旅にでる

三和高校 桑名八重

ようやく夏らしくなり、半そでが活躍し始めました。

三和高校2年生は修学旅行の準備が始まり、毎回のことながら楽しみ半分不安半分の日々が続いています。
沖縄・与論島(鹿児島県)で5泊6日。長いですね~。
でも、スタッフの私は楽しみなのです。旅好きの人間にとって遠出は楽しみだらけです。

私がはじめて沖縄に行ったのは今から20年近く前・・・。
女友達と二人、レンタカーを借りて沖縄本島をぐるっと回ってきました。
今思えば、あんまり観光地巡ってないかもしれない。

旅にでたきっかけもかなり突然で、当時フリーターだった私は職場の都合で急きょできたお休みをどうするか、で旅行を思いつきました。
本当は海外に行きたかったのですが、語学は全て×。1人だとかなりお高くなる。で国内で一番遠く!という決め方でした。
2人のほうが安くなるなら・・・と進路変更で受験生をやっていた友人に声をかけ実現した旅でした。

この二人旅、かなり出発前はアンニュイな気分でした。二人とも。楽しみより、もうかなりどんよりした危険な空気をまとっていたと思います。
今考えても。
お互いに将来に対する不安や、上手くいかない日常生活、ストレスのなかで悶々としていました。
新千歳空港で二人で誓ったのは「とにかく楽しもう!」でした。

那覇空港でレンタカーを借り、すぐに出発。しかし、当時はまだカーナビは標準装備ではなく、地図を片手にあっちだこっちだと進み、地図や看板で気になったとこに寄り道。きままなドライブでした。
最初は私がハンドルを握っていましたが、スタートして5分ですぐに交代。友人は地図が得意でなく、私は運転が得意ではなかった・・・。
お互いに得意な方を担当しましょう。と一致した結果です。

「ぐすく」を巡ったり、戦禍の跡を巡ったり。車の中では取り留めもない事を話し続け、夜は居酒屋で郷土料理をつつきながらまたおしゃべり。ホテルでもおしゃべり。
2泊3日ひたすら話し続け、北海道では見れない風景にひたりました。

私達にとっては、日々の悶々とした悩みやストレスを少しづつ解消した旅でした。

その友人とは沖縄の旅以来あまり会う機会がなくなりましたが、沖縄というと友人とのドライブ旅行を思い出します。

9月に修学旅行に出発します。
友人と巡った場所には立ち寄る事はできませんが、あの頃の懐かしい思い出は今でも大切な記憶です。
修学旅行で2年生はどんな思い出を作って来るのでしょうか。
今から楽しみです。

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札幌市に対して「フリースクールへの公的な援助」を求める陳情の活動

NPO法人フリースクール札幌自由が丘学園理事長 亀貝一義 

私は、フリースクールの取り組みをはじめて20数年間、一貫してフリースクールの父母負担を軽くするために公的な援助を求めてきました。最初は1990年代後半の北海道に対して、次いでこの数年間は札幌市に対して進めてきました。90年代後半の対道要求の運動は署名運動という形で進めました。結果は、道議会は「フリースクールへの支援を検討しましょう」というような反応でした。

札幌市に対する取り組みを粘り強く進めてきた結果、2013年度から「札幌市フリースクール等民間施設事業費補助」制度ができましたが、今のところ一つのフリースクールに対して年間200万円が上限です。これは札幌市役所職員の年間給与の半分にもならない額です。(ないよりいいか)。

こういう現状を踏まえて、今年は札幌市議会議長宛の「陳情書」という形でこの要求を行うことにしました。
この概要は次の通りです。
ただ、議会サイドで「陳情」の形式と内容について検討して加除修正等を示唆してくれるとのことなので正式文書は7月中旬になると思います。その時には父母の皆さんにも「賛同」していただきたく思います。

(1)札幌市が実施しているフリースクールへの補助制度の拡充
 18歳未満の子どもを含めてフリースクール利用対象者とすること、札幌市民の子どもが近隣市町村のフリースクールを利用していることや、逆に近隣市町村の子どもたちが札幌市内の フリースクールを利用している場合もあるといった現状を踏まえた対象地域の拡大、人件費と施設借上料を含めた補助額上限の大幅増、さらに補助金額の段階的設定の拡大(現行では、8名以下、9名以上、の2つの「段階補助額」になっていますが、これに加えて利用者15名以上の「段階」も設定するのが現実的ではないでしょうか)など。
(2)通常の学校に提供される教材・教具の提供及び市の管理・所有している施設利用の保障
 札幌市として、通常の学校に通う子どもたちに提供する教材・教具をフリースクールに 通う子どもたちのためにフリースクールへも提供することを要望します。
 また市が所管する施設などで、フリースクール等が求める所(例えば空き教室など)があれば、この活用について市が便宜を図ることなどの措置があってしかるべきではないか、と考えます。
(3)不登校の子どもをサポートするための「官民協力体制」の確立へ
 国会で「継続審議」になった「義務教育の段階における普通教育に相当する教育の機会の確保等に関する法律案」は、不登校の子どもたちへの支援・サポートを官民あげて進めようという趣旨です。この法律案(16.6.20 衆議院HP)の第3条は「教育機会の確保等に関する施策は、次に掲げる事項を基本理念として行われなければならない」と言っており、これを具体化する各項があるが、この第5号で次のように言っています。
「国、地方公共団体、教育機会の確保等に関する活動を行う民間の団体その他の関係者の相互の密接な連携の下におこなわれるようにすること」。
 以上の趣旨から、札幌市はフリースクールとの官民協力体制を確立するために私たちと協議する。

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日々是成長

本間 香菜

 この春から三和高校に入って、早三ヶ月が経とうとしています。その間に、本校のある和寒町へは1.2週間に一回程度のペースで通っています。札幌から和寒町への道のりは、高速道路で約二時間。最初はとても遠くに感じていた道のりも次第に慣れてきました。高速道路の和寒の出口を下り、三笠山の姿を見ると「あぁ、和寒に来たんだ!」と、一週間ぶりにもかかわらず、なぜか懐かしい気分になります。

 さて話は変わりますが、私の趣味はドライブです。行くあてのない一人ドライブや、車内で友人と会話をしながらのドライブなど、どんな運転も大好きです。
 最近では少なくなりましたが、数年前まで私の休日の80%は一人ドライブでした。というのも以前住んでいた町には、コンビニが二件、小さなスーパーが一件、服が買えるお店や映画館、ボーリング場なんてありません。大好きなカラオケも、たまにある職場の飲み会の時に飲食店で歌うくらいのものでした。そのため、仕事が休みの日は自然と遠くのどこか楽しい場所を求めさまよいドライブし、車内に流れるBGMとともに熱唱する私の一人カラオケの空間となるのでした。今思えば、社会人になりたての頃は、見ず知らずの町でひとり暮らしをし、同年代の同僚も数人しかいない中で、初めて買った車が一番の友だちだったかもしれません。(「1番の友だち」はちょっと言い過ぎかもしれませんが...。笑)

 先日、和寒町の帰り道、砂川のパーキングエリアから札幌学習センターまでハンドルを握らせてもらいました。
先ほどドライブが趣味という話をしましたが、実は今まで高速道路を走った経験がほとんどありません。もともと、田舎町の広い道で、通行人も車もほとんどいない中で運転しかすることがなかった上、住んでいた付近には高速道路がなかったためです。
 私がその貴重な高速道路の運転を初めて経験したのは、生まれ育った北海道ではなく、兵庫県の淡路島に住んでいた妹と四国に旅行した時です。渦潮で有名な鳴門海峡を横断するには高速道路である鳴門大橋を通らなくてはいけないのです。高所恐怖症で橋の運転が嫌いな私...高速道路にも関わらず、怖さのあまりスローペースで走行したため、後続車が列をつくってしまったのは言うまでもありません。笑

 あの衝撃の高速道路デビューから早数年、道内の高速道路も何度か走りました。そして、先日の学園の大きな車での砂川―札幌間の高速道路デビュー。横風に煽られるのではないかとドキドキしながらの運転でしたが、思ったより落ち着いて運転することができました。そんなこともつかの間、大変だったのは札幌市内でした。都会の運転には慣れていない私・・・。車線が何本もある道路はかなりヒヤヒヤしましたが他のスタッフのサポートのおかげで、無事札幌学習センターまで帰ってくることができました。

 最後に、タイトルの「日々是成長(にちにちこれせいちょう)」は私の好きな言葉のひとつですが、この3カ月生徒ととともに過ごし、改めて気づかされること、学ぶことが本当に多くありました。


 運転技術の成長については、想像もしていなかった成果ではありますが(笑)、運転技術と同じように、この先も生徒とともに日々成長できるよう自分自身を磨いていきたいと思います。

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18歳からの選挙権

札幌自由が丘学園三和高等学校 校長 亀貝一義

7月10日(日)に参議院の選挙が行われる。6月22日が「公示」の日(この日から堂々と選挙戦が始まる)。
参議院は定数が242人(衆議院は475人)でこの半数を3年ごとに選挙で選ぶ。(96人を全国比例で選び、146人が選挙区で選ぶ。ちなみに北海道選挙区は今回は3人を選出する)。

重要なことは、この選挙から日本の「有権者」は満18歳に引き下げられることだ(これまでは満20歳)。

選挙権は、これ自体重要な民主主義の秤(はかり。バロメーター)と言える。日本の国民が初めて国政の上で選挙権を行使したのは、明治23(1890)年7月だったが、この時の選挙権は、国税15円以上納める満25歳以上の男子に限られていた。この時の数は45万人、総人口のたった1.1%だった。

現在の選挙権(満20歳以上の男女で財産に関係なく)になったのは、第二次大戦後の昭和21(1946)の第22回総選挙のときからだった。だからたかだか70年間の歴史でしかない。

女性が有権者になったのは、多くは20世紀になってから。世界のほとんどで女性の参政権(選挙する権利と立候補する権利)が確立するのは第二次大戦後。だから民主主義が普及した歴史はまだ70年程度としか言えないのかも知れない(今も女性が参政権をもっていない国があるという。さてどこでしょう。自分で調べて下さい)。

ウチの高校(全日コース)で7月の参院選挙で投票できる18歳以上の生徒は数名(一桁)しかいないようだが、棄権しないで貴重な参政権を行使してほしい。投票に投票所に行くのは面倒だ、という若者が少なくないというが、この面倒とされる権利も「人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである」(日本国憲法第97条)。決して棄権しないで欲しい。そのためにも政治に直接参加したいと名乗りあげている各立候補者の政見をよく見て自分の頭で考えて欲しいと思う。

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3月31日の報道について(文科省の「点検」に関して)

札幌自由が丘学園三和高等学校 校長 亀貝一義

3月31日、朝日、毎日、道新などが、文科省が広域通信制高校を点検し不適切な事例を改善するように指導した、と報道した。ことの発端は三重県伊賀市のある通信制高校が国からの就学支援金を不正に受給したといういわば詐欺事件を受け、全国の広域通信制高校102校を対象に緊急調査をしたということだった。

この関連記事の中で、道新が「和寒の『三和』を指導」という見出しの小さな記事を載せていた。「就学支援金に関わらない不適切な例として、教育特区認定を受けた...札幌自由が丘学園三和高校が学則に、本来特区外では認められない添削や面接などの学習指導を行うと定めていたことから、和寒町から指導を受けた。同校は近く学則を修正する方針だ」というのがその内容である。

添削とは主としてレポート、面接とは主として授業のことだが、本校のような和寒町認可による特区立の高校では特区内でこれらを含めた教育活動を行うことになっている。だから本校は毎年和寒町でスクーリングを行い、これを必修としている。このスクーリングでは、和寒町と協議の上、さまざまな地域の活動に参加したり、多様な実習の活動を創り出してきた。まさに特区地域でしかできない学習活動を進めてきた。

学則を修正し、新年度は指摘されるような誤解がされないようにする。

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