2018 年 11 月 のアーカイブ

2018 年 11 月 27 日

友人を訪ねて

三和高校 桑名

友人を訪ねて函館まで行って来た。
高速を使わず、自分の運転で片道6時間。のんびり子どもと二人ドライブ。

ずっと以前から「函館でも遊ぼうね~」と言いつつ、常に友人が札幌まで来てくれていた。
本州出身の友人は、雪道の運転がとても苦手で冬は極力運転しない人だ。
いつも秋ごろに会うと「次は雪融けたらね」と帰っていく。
「函館で会う」という約束をようやく果たした形だ。

私にとっては久々の函館。子どもにとっては初の函館。
本当なら何日も前から、あそこ行こう。これ食べよう!など計画を立てるべきなのだが・・・。
忙しさにかまけてノープランで出かけてしまった。
友人にお勧めは?と聞くと「札幌と違って思いつかない」との返事。
暖かい時期ならば、函館山や元町、ベイエリアなんかの観光地を散策もいいかと思ったが、寒いからさぁちびっ子には面白くないよね・・・など理由をつけ、
結局お家でおしゃべり。
大人二人は結局、ず~っとおしゃべりしてました・・・。

電話やメールやLINE。連絡をとる手段はたくさんあるけれど、やっぱりそれらでは話ずらいことがお互いたくさんあって。
向かい合っていると後から後から話があふれ出してくる。

一時期同じ立場・環境で働いて、時とともにそれぞれ別の生き方をしてきました。
離れたり、近づいたり。いろいろあるけど会えば以前のように付き合える友人がいることとても嬉しく思います。

私はあまり人付き合いがマメな方ではないとしっかり自覚しています。
一人でもこの人との付き合いは失いたくない。と思える人間関係が作れたことではしっかり自分を褒めてやりたい。(彼女以外にも数人います)

一泊二日の短い滞在でしたが帰り道、運転しながら思ったのは、ただ、気兼ねなくおしゃべりしたくて来たんだな、私。
往復12時間の運転もまったく苦にはならない休日でした。

2018 年 11 月 21 日

11月1日、フリースクール札幌自由が丘学園の25歳の誕生日でした(その記念行事など)

亀貝一義

1993年の11月1日に、フリースクール札幌自由が丘学園が誕生しました。この場所は北22条4丁目のアカシアビルという小さいビルの4回にある一部屋でした。そのときの「入学生」は6名でしたが、すぐ1名加わって7名が事実上のスタートでした。
この7名は中学生が2人、中卒者が5名でした。

フリースクールはその後北16条に引っ越しをし、今のビルに移ったのは2002年8月のことです。

初期のフリースクールは、中卒者が多くて、非常に活発にいろいろな活動をしました。バンドのライブとか演劇公演とか、また映画の制作とか、父母といっしょに「自由が丘のひろば」といった市民の集いなど。

フリースクール活動の中から、高等部が生まれ、そしてこれは2009年に札幌自由が丘学園三和高等学校に発展してきました。

スタッフも、当初いっしょに活動した何人もの人がすでに亡くなっています。今その人たちを思えば涙がこみ上げる感がします。また別のフリースクールで活躍している人もいます。学園長の杉野さんが着任したのは96年のことです。そしてその後現スタッフがそろったのは2009年です。札幌自由が丘学園はフリースクールの発展と軌を一にしています。今、三和高校とともに札幌自由が丘学園の発展の柱です。

11月10日(土)の午後2時から、札幌自由が丘学園創立25周年を記念するイベントを行いました。父母や卒業生たちが参加してくれたのですが、ここで記念講演をお願いしたのは、秋山幸二さんという方です。秋山さんは、「遠友夜学校に学ぶフリースクールの原点」というテーマで1時間近い講演をされました。新渡戸稲造が1894年に、学ぶ機会を経済事情でもつことのできない青年たちのために、南4条東4丁目に「遠友夜学校」を創設し、この年から50年間、主として学生たちのボランティア活動によって高貴ある伝統がつくられました。

札幌自由が丘学園の25周年の記念行事にふさわしい内容のイベントであったと思います。

私たちはこれからも、新渡戸稲造など優れた先人たちの気持ちを体して札幌自由が丘学園を発展させていきます。引き続き父母をはじめ多くの学園のサポーターの皆さんのご協力を得たいと思います。

2018 年 11 月 15 日

こどもの習い事

安齊

子どもの習い事に悩む日々・・・。

何をやらせようか、これをやって欲しいなぁという願望とか、こどもの「やりた~い」に任せるか・・・とかいろいろ考えています。

今は2歳、スイミングのみ。

ホントは音楽もやらせたい。

「ピアノ習う~?」と聞くと「やる~」とのこと。

でもこどもは「やきゅうたりた~い」「さっかーやる~」と言う日々。

まだまだやりたいこともわからないでただ言っているだけだし、ピアノだって中身も知らない年齢ではあるけれど、なんでもマネして楽しそうではあります。

テレビで野球をやっていたらグローブとボールを出してくるし、サッカーをやっていたらボールを蹴っているし、水泳やっていたらお風呂とスイミングでマネして泳ぐし。吸収が早くてこちらがついていけない笑

親は親で習字も音楽もスポーツもどれもやって欲しいとは思うけど、全部やるとお金もかかるし、連れて行く時間や都合も合わないし、悩みは倍増。

幼児対象の習い事って昼間がほとんど。働いている家庭が多いのになぁと思いつつ、保育園でも人間関係やあそびも生活も学んでいるし、今はそれが1番の習い事!!と自分の中で割り切りながらも今後の子どもの習い事を日々調べて考えております。

うちは男の子だけど、女の子だったらチアダンスをやらせたかったなぁ・・・。

2018 年 11 月 5 日

目指すは不言実行

三和高校 田房絢子

去年から日本語検定を受けているので、漢字や熟語、四字熟語や敬語などを勉強する機会が増えている。漢字は学びなおしの部分が大きいが、四字熟語になると知らないところからのスタートなので、「???」が頭の中を駆け回っている。ただ、驚かされるのが、先人たちの知恵。表現できないものがないのではないかというくらいの数と質の四字熟語が手のひらサイズの辞書にひしめいている。これってあの状況を指しているのでは?とかこれってあの人のことを言うんじゃないの??とか、ページをめくるごとに驚きと面白さが襲い掛かってくる。これは学んでいるというよりもノンフィクションか小説を読んでいるのに近い。ただひたすら読み進めているので、記憶しているわけではない。でもそれなりのインパクトを伴って読んでいるには違いない。でも書いてみてと言われれば、まだまだ書けるレベルじゃない。となるとこれは検定用の勉強になっているのか、なっていないのか・・・。いずれにしても大なり小なり知識を吸収していることには違いないから、と自分にいいわけをして、今週の検定に挑もうと思っている。

また、英語を学びなおそうと大学の講義も受けている。英文法だけでなく言語学や比較文化なども含めて勉強しているので、改めて文字を伴った学びに日々驚かされている。頭でなんとなくわかっていることの中にはわかってないに等しいものもある。これは私の頭の構造からきているのだけれど、耳からよりも目からの情報、特に文章のインプットがないと非常に記憶に残りにくい。なので、教科書を漫然と読んでいるだけでなく、自分で板書をする授業を受けることでより効果的な学びになっている。そして、理屈を踏まえた学びをしないと、本当に身にはならない。これは中学や高校の時が思い出されるのだけど、英語に関してはLessonを4つや5つ、一言一句間違えずに暗記するのは簡単なことだった。全文暗記しているから、テストはほぼ完璧。でもこれって自分にとっては時間がたつと忘れていく勉強に過ぎなくて、内容が極めて薄い方法だった。その一過性の勉強しかしてこなかったことをすごく後悔しているので、学びなおしの今こそ、本当に身になる勉強をしたいと思っている。そして、大人の常套句「毎日忙しいから」と自分にいいわけをせず、今日もまた机に向かおう。そう、気持ちはいつだって前向きなんだけど。