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札幌自由が丘学園 学園長 杉野建史
人は新しいことに取り組もうとするとき、不安だったり躊躇したりする。多くの人がこのような経験をしたことがあるだろう。
人は生まれてからしばらくの長い期間、初めてづくしの人生を送る。見るもの聞くもの触れるもの、全てが初めてだ。その度新しいことへ挑戦してきた。記憶にはほとんど残っていないが多くの初めてと向き合う幼少期を通り過ぎた。
私の知人で今年5月からロンドンに修行にいく人がいる。私より一回り以上年下の彼女は元気いっぱいで、会うといつもいろいろな話をする。私の仕事のことや彼女の仕事のこと、旅行のことなど。先日、彼女から急に「ロンドン行き」を聞かされ、驚きとともに「凄い!」という気持ちと「羨ましい!」という気持ちが交錯した。日本にいても仕事に関する勉強はいくらでもできるだろうが、彼女はあえて海外を選んだ。生活環境も仕事の環境も、価値観も違うロンドンでの修行で彼女は何をつかんで帰国し、それから先の人生にどのようにその経験が影響してくるのだろう。
彼女から話を聞かされてから、自分ができる「新しい挑戦」について考えた。自分自身に最初から「無理だ」と決めつけていることは無いか。「もう少し後で」と自分を甘やかしていないか。など、自分の今に停滞していないかを考えた。
新しいことが良いことであるとは限らない。昔のように慎ましく生きることを今見直すべきであろう。私は今を未来を良いものにするための新しいことに挑戦していきたい。先人達が考えもつかなかったことを考え出し実現していく。そうやって科学は進歩してきた。
札幌自由が丘学園も今以上に進歩しなければならない。学園に関わってきた先人達が思いもつかなかったことを私は考える。実現するための方法を模索し、必ず実現する。行政の動きも有り、フリースクールを取り巻く環境が少しずつ変化し始めようとしている。三和高校は開校3年が経ち第2クールへ進んでいく。「このままでいいのか」と常に自分に問いかけながら、新しいことへの挑戦を始めている。
スタッフエッセイ | 2012/01/24
亀貝 一義
私は初めからauのケータイを使っている。その昔この会社が「北海道セルラー」といっていたとき、自由が丘の教育運動を支援するという意味で当時のケータイを1年間タダで貸してくれたことがあった。まだ20世紀末のころだったが、上京したとき同行したHさんと待ち合わせ場所の確認でたいそう重宝したことを思い出す。それ以来、10年以上auを利用している。家族は皆ドコモだが、「義理と人情」を重んじる私は軌道修正することはなかった。
ところが、09年の暮れだったが、二つの大学の学長を務めたMさんが「アイフォンは便利ですよ」と勧めてくれた。多少新し物に興味をもつ傾向の私は年末ぎりぎりにauからアイフォンに切り替えることにして、2010年1月のブログにその旨を発表した。
アイフォンは掌(てのひら)にのる小型パソコンでもあった。メールも電話も調べ物もとっさの情報収集にあたっても非常に有効だった。こんなスゴイものを売り出したマックは大した会社だ、と驚きだった。この中心になったスティーブ・ジョブズという人に関する資料などを何冊も買ったりもしたものだ。
ところが、である。この魔法のアイテムともいえそうな掌PCの問題点は、よく言われたことだがとにかく電話が通じないことである。わが和寒の本校では全く「話にならない」。ソフトバンクに、和寒町三和でも早く通話ができるようにして欲しい、と要望した。「検討します」というような回答をもらったが、事態は変わらなかった。
そういうことで、1年後(2011年初め)アイフォンからまたケータイをauにもどした。しかし便利な掌中PCをキャンセルできずこれにWiFi機能をもつカードをつなげて二つとも使うことにした。ケータイは通話だけで、メールその他はアイフォンで、というように。
時代は進む。昨年はスマートフォンが怒濤のように広がった。スマートとは「手際がよく賢い」という意味らしい。もちろんアイフォンもその一つだ。au系のスマートフォンにまたまた乗り換えた。WiFiもやめた。auのスマートフォンはWiFi機能ももっているスマートなものだからだ。だから和寒でもどこでも通じるし、モバイルPCもインターネットが可能になった。
そんなわけで、今はau系のHTCスマートフォンを使用している。今のところはほぼ満足している。
ここ数日間、学校のインターネットが通じなくなった。これを担当している社員さんが総出動して操作回復にあたっているが、今日(1月11日)現在まだ未通である。しかし私はauのスマートフォンを活用しているので、このエッセイをインターネット上にアップすることが可能となっている。(別にひけらかすわけではないが…)。
スタッフエッセイ | 2012/01/11
安齊裕香
2012年です。
あけましておめでとうございます。
楽しくお正月を過ごしているでしょうか!?
ここ数年の年末年始は、旅行と実家でまったり過ごしています。
実家では、31日の夕方に神棚へ挨拶をします。そして普段より豪華なお食事。さんざん食べて、しめは蕎麦。しめと言いつつまたつまむ。そしてまたそばを食べ、みかんを食べ、おせちを食べる・・・そんな繰り返しであり、とにかく食べまくって過ごしています。
最近はお酒を飲むより、食べる楽しみの方が大きくなりました。普段自分では作らない料理、母の手料理は本当に美味しく、幸せを感じられます。
最近では夜中に初詣も行かなくなりました。家で過ごせる幸せを感じるようになり、その上、美味しい料理が食べられる幸せというのも勝っているので、初詣は元旦の昼間に行くようになりました。
恒例は2日に行う餅つきです。
父が中心になり、姪っ子も甥っ子も家族みんなで手伝い、切り餅とあんこ餅を作ります。今は機械でついていますが、これもまた、つきたてを食べられる楽しみがあります。以前は友だちと遊びに行くのを優先して、あまり重視していませんでした。勿体ないことをしていました。
かなり熱いので手が真っ赤になりますが、最近では餅の中身を考えるのもお気に入りです。あんこはもちろん、チョコレートも合うのです。それを含め、もちろん自己責任です。
年末年始の話ですが、それに関係なく、食べることが好きなんです、私。
今年もたくさん食べて、元気いっぱいに過ごしたいと思います。
今年もよろしくお願いします!!
スタッフエッセイ | 2012/01/01
小田将弘
激動の一年も残りあと数日となり、今年も残すところあとわずかです。
さて、年末年始はこちらの学園も冬休みに入り、職員もお休みをいただくのですが、私個人としては、この冬休みは一回ぐらいパチンコに行ってみようと思っております。
本来私はギャンブルは苦手でダメなんですが、今はパチンコがやりたい。早く休みが来ないかとウズウズしている次第。
YOUスペースにはいろいろな人がおりまして、中にはパチンコ好きという人もおります。
彼はこの一年ほどこちらに来ているのですが、うちではスタッフも含め、誰もパチンコをやる人がいないので、彼がパチンコの話をしたくても話す相手がおらず、彼の話しはみんなチンプンカンプンでありました。
ちなみに彼は全盲なのですが、どういうわけか昔からパチンコ好きで、とにかく一人だけやたらと詳しいわけです。ここではAさんとしておきます。
Aさんにはここ半年ぐらい、何度かプログラムの中でパチンコの話をしてくれとお願いしました。
彼もまんざらではないようでしたが、「みんながどの程度パチンコについてわからないのか」がわからず、彼なりにプレゼンを何度かしてくれましたが、結局、もっとすごい初歩的なことがわからないんだよね、、、ということでモヤモヤした状態が続いておりました。
11月くらいに、ちょっと、すごい根本から聞いていい?と私の方からものすごい初歩的なことから質問してみました。
・まずパチンコ屋に入ったら何をすればいいのか、どこに行けばいいのか?
・台に座ったら何をすればいいのか?
・「CR」ってよく聞くけど何?
・どこに球を入れればいいのか? などなど
彼としては、「え?そこから?」って感じだったのかもしれませんが、その場にいた私を含めた全員が、「そこから」わからなかったんです。
結局、そのへんの質問に順番に答えてもらったところで、長年のモヤモヤが徐々に晴れ、おー、なるほどぉ!そういうことだったのか!と私の頭はすっきりしてきました。今パチンコ屋に行ったら、どうすればいいか、わかるぞ!と。
YOUスペースは若者支援を行なっており、日々若者を次のステップにつなげようとしているのですが、なかなか次のステップに進まなかったり躊躇したり、そもそも進みたいのかどうかわからないという人もいます。
今回のパチンコの件で、私はひとつ確信したのですが、つまり、「知が道を拓く」ということです。
人は、ほとんどみんな、わからなければ不安だし、知らないことに関しては興味も示さない。
「何をやりたい?」「どうしたい?」の前に、「やりたいもやりたくないもわからない」わけです。
パチンコで言えば、何も知らない状況では、北斗の拳をやりたいのか、海物語をやりたいのかではなく、そもそもやりたいもやりたくないも無い。無の状態。パチンコ自体に関心がないわけです。
そこに、非常に根本的で初歩的で誰も教えてくれないけど常識的な知識が入ると、「ちょっとやってみようかな」とか、「もしやったとしても、初歩的なことはだいたいわかる」という自信を持つことができ、そこでようやく、例えばこの場合、「就労」に向けての活動や、それをバックアップする支援というものが発生してくるのではないでしょうか。
そういった非常に重要だが原初的なことを疎かにして、若者支援も就労支援も無いのではないかということです。
「学ぶ」「学習する」ということは人間にとって非常に不可欠なことであり、「知る喜び」というのものは、誰にでもあるものです。
いくつになっても「新しいことを知る」とか、「わからなかったことが分かる」というのは嬉しいものであります。
混迷の現代において、幸せとはこういったことなんじゃないかとも思います。(お金とか名声ではなく)
我々札幌自由が丘学園は教育機関であります。
教育機関である以上、生徒や利用者たちに、「知るということの楽しさ」や「わからなかったことがわかることの喜び」、そして「知ることによって道が拓ける」ということを教えなくてはならないのではないでしょうか。
3月には中学3年生のフリースクール生はフリースクールを、高校3年生は高校を卒業します。
他所の学校へ行ったり、社会へ出ても、迷ったら勉強することで、「どんな時代なのか」「世の中はどう動いているのか」「自分がどこにいるのか」がわかると、少し安心できるということを教えなくてはならないのではないでしょうか。
もうすぐ新しい年が来ます。私たちはそういったことを生徒や利用者に教えているかどうかを考えながら、さらにより良い学園を作っていくべきではないかと思っております。
どうぞ、来年以降もよろしくお願いいたします。
というわけで、さぁて、ひとまず明後日はどこのパチ屋に行こうかなぁ。。
スタッフエッセイ | 2011/12/27
フリースクールスタッフ 鶴間 明
今年は例年よりも雪が降る時期が早い気がする。
正月だというのにほとんど雪が降り積もっていない年もあったと記憶しているが、今年はすでにかなりの積雪である。
こんなに雪が多いというのに、今年からは震災の影響もあって、自宅のロードヒーティングのスイッチを切ったばかりでなく、せっかく交わした北電との高い電力量プランの契約も破棄してロードヒーティング用の電力の基本料金も全く払わないようにしてしまった。
多額の費用を捻出して悩みながらも設置したロードヒーティングだったが、今年は東北・関東大震災に加えて原発事故があり、これまでの、そしてこれからも続く被災地の苦悩を考えると、どうしても使う気になれなかった。また、一方で積雪があるとついついスイッチをつけてしまうであろう自分の弱さを知っていたので、あえて契約も破棄してしまった。
実際に生活してみると、積雪が少ない時は除雪もさほど苦にもならずロードヒーティングなどやめて良かったと思うが、一方で積雪で玄関のドアが開きにくくなるほど積もった日などは、ロードヒーティングの快適さを改めて痛感してしまう。そんな自分が少々情けない。
自分の労働力がロードヒーティングの使用量の分だと考えると採算が合う気もするが、体力も尽きてしまったり、病気になってしまったらどうするかと考えると今後の使用の有無の決定は微妙である。
大人の私でも除雪は嫌になるので、子ども達はなおさらである。「モンハン」などのゲームで遠くまで旅をしてモンスターをハンティングする業務が忙しいようで、なかなか除雪に意義を見いだして自ら働く傾向にはないだろう。
そもそも化石燃料や原発などの生み出す高出力のエネルギーに依存しない生活をしようとすることは18世紀後半からすでに人類が忘れてしまっている事だったかもしれない。
200年間以上忘れていた生活を、今から現代人が改めて行うことができるだろうか?
可能かどうかは別として化石燃料はこのまま使い続けると後40年で枯渇すると言われている。
節約して使ったとしても今フリースクールに通っている生徒達の人生の中で大きな変化があるに違いない。
ニートやひきこもりの課題はこの難しい時代に入りつつある時期に生じている過渡的な現象であって、今後はもっと違った現象が起きてくるのかもしれない。
今から20前には10年後の未来を何となく想像できたが(2000年問題は怖かったが、、、)、今から10年後、果たしてどんな未来になっているか、今は全く予測できない。
輸出入にかかる輸送費が高くなるので海外製の品物は高くて買えないず、機械化も減り家内制手工業が増えて安月給の雇用が増えていくという、少々貧しくても人間的に良い方向へ歩んでいくかもしれない。
一方で今の便利さや経済状況を維持しようとして、エネルギーの奪い合いが起こり、治安が乱れたり経済が破綻して非常に不安定な社会になっているかもしれない。そうなれば税金も年金も、医療も教育もどうなるかわからない。
いずれにしても、エネルギーが枯渇した状況では楽をして生きていける未来にはなるとは思えない。
学習指導要領の中では「生きる力」ということが重視されてきたが、これは学習が形式的な物にならずに実際の生活に生かしていけるようにするという本来の意味を超えて、今後の厳しい時代をいかに生き残るかという「サバイバル能力」を意味するようになるかもしれない。
私たちが本当に子ども達に教育すべきことは、「何としてでも生きのびるように」ということ。どうやって雨水を蒸留して飲めるようにするか、どのようにして鹿を仕留めて肉を解体して食べられるようにするかということなのかもしれない。
話はすっかり飛躍してしまったが、「モンハン」で肉の解体作業を学んでも現実には使えるようには思えないので、今からちょっとずつ雪かきでもして、体を鍛えておくことにしよう。
スタッフエッセイ | 2011/12/27
久井 貴之
スキーが好きで物心がつく頃からすでに冬の虜。
今は高校1年生の時から始めたスノーボードに夢中で、ずっと北海道の山に魅了されている。我流であくまで趣味の範囲だが、たまらなく楽しいスポーツである。雪が降ってくるとついつい雪山の天候を想像することも多々・・・。さぁ今シーズンはどう過ごそうか↑↑↑
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11月から滑るなら
高校時代に通った
おそらく一番お世話になっている
気分転換でパウダーを求め
いろんな楽しみがある
雪山日本代表 |
ONZE
サッポロテイネ
札幌国際
キロロスノーワールド
TOMAMU
NISEKO UNITED etc… |
幻想的な景色、多様な姿を見せる雪の結晶、吹雪後の樹氷、などとにかく素晴らしい。自然あふれる北海道はどの季節も風情があり、観光客が多いことや、修学旅行で人気の観光都市だということもうなずける。
近年ウインタースポーツから離れてしまう家庭が多い傾向にあるようだが、ぜひ雪山に向かう機会を増やしてもらいたい。
スタッフエッセイ | 2011/12/20
桑名 八重
もうすぐJRの青春18きっぷの発売が始まる。
私の「18きっぷ」の思い出は、寒さと貧乏旅行。とにかく安く遠くへ向かう!!
ある年、年末年始の初もうで列車を使い、お正月の長崎へ行った。大晦日の北九州、門司港でカウントダウン花火を見て、初もうで列車が出発。普段列車の走っていない時間に各駅停車を乗り継いでの夜の旅だ。
夜中の2時に乗り換えのため1時間半の列車待ち。九州とはいえ、雪の降る中ひたすら時間をつぶした。明け方には停車中のホームから吉野ヶ里遺跡を眺め、ようやく朝の7時に朝もやの長崎に到着した。実はこの時点でかなり疲れきっている。
が、もちろん観光もしっかりする。ガイドブック片手に観光名所はひととおり巡った。本当はもっとゆっくり滞在したいなぁと思いつつ翌日には次の目的地へ。
そんなスケジュールの「18きっぷ」の旅はとにかく時刻表とにらめっこだ。あらかじめ予定を立て、何時の列車に乗るか決めてあるのだが、現地でどうしてもここに行きたい!! あれが食べたい!! となると予定変更も当たり前だ。とにかくあちこち動き回り、休み明けには逆にぐったりと疲れてしまうくらい。
最近はなかなか時間も取れず、こんな貧乏旅行をすることは少なくなった。けれど機会があれば、いろいろな所に行きたい。
実行に移すのは今では難しくなったが「18きっぷ」の発売が近づくと、ついついどこに行こうかな~。どこまで行けるかな~。とわくわくする。
来年はどんどん増える計画を、少しでも実行しよう。
唯一付き合ってくれていた友人は母になり、私の一人旅は続いていく…。
スタッフエッセイ | 2011/11/30
本間慶子
女子会の言葉が賑やかの季節になってきましたが。最近ではスイ-ツ男子の男子会なるものも流行っているとか。
我が本間家では、数年前から女子会ならぬ熟女会を行っています。月1のランチバイキングも食べ尽くし、デパ地下料理を実家で食し、最近ではオーナーである母の希望で
旅行に移行してきました。第1弾先月登別へ温泉旅行、第2弾クリスマスファンタジーの函館へ来月実行、母の第一希望は『ハワイ』です。ハワイアンを習っているので是非とも本場の踊りを観てみたいそうです。みんなの休み調整したりパスポートをとる作業でなかなか進まないという現実です。
近頃の母は、目に見え足腰が弱ってきています。できるだけ早く実現したいとは思っています。
この歳になっても、親は何時も側にいて元気だと思っていたのが、昨年父が亡くなり現実を味わいました。
「国内も海外も行っていない所沢山ある」が口癖になっている母です。できる限り永くできる限り多く行きたいと思っています。
この女子会(熟女会)も永く続くようみんな元気にと願っています。
スタッフエッセイ | 2011/11/24
高村さとみ
最近のフリースクールは11月26日(土)に行われるフリースクールフェスティバルに向けて大忙しです。それというのも、ステージ発表としてバンド・ダンス・歌・ギター弾き語り・お笑いと5つも出し物を行うからです。バンドやダンスに参加する生徒はフリースクールを飛び出しスタジオで練習。昼休みや放課後はギターを弾きながら熱唱する姿もあります。お笑いは何とか脚本を書くことができました。そんなわけで、特に今週・来週はステージ発表の練習にスタッフも生徒も大忙しなのです。
これから来年夏にかけて行事・イベントがたくさんあります。まずは11月26日(土)のフリースクールフェスティバル。このフェスティバルは道内フリースクールのネットワークである北海道フリースクール等ネットワーク主催で、11月19日(土)の高岡健さんのフォーラムも含めネットワーク10周年を記念してのイベントでもあります。それから札幌自由が丘学園の行事として1月にはライブハウスを借りてのライブを、3月には卒業式としての意味を持つ新しい旅立ちを祝う集い、そして来年7月には全国の不登校に関する親の会やフリースクールの子どもたちが集う全国大会が北海道で行われます。
このように札幌自由が丘学園としての行事、フリースクールとしての行事がこれから盛りだくさんなのです。私は札幌自由が丘学園のスタッフとして、また、北海道フリースクール等ネットワークの事務局として運営に関わっているのですが、こうしたイベントの準備はなかなか大変なことも多いです。それでもこうしたイベントがあると「やりたい!」「楽しそう!」とワクワクしてしまうのは、子どもたちが楽しんでくれるイベントにしたいという気持ちや、絶体楽しいイベントになる、という確信があるから。札幌自由が丘学園の生徒たちだけでなく、北海道のフリースクールの子どもたち、そして来年は全国のフリースクールの子どもたちが集まるなんて今から考えただけで胸がドキドキします。子どもたちが楽しめるイベントとなるよう、今日も準備がんばるぞぉ。
スタッフエッセイ | 2011/11/17
亀貝一義
先日のSJGゼミで「札幌自由が丘学園のスタート」について触れたのだが、この補足でもある。
かつて、日中国交正常化することができた1972年、中国の要人から「水を飲むときには井戸を掘った人を忘れない」と、それまでの日中国交正常化のために努力した先人を評価しなければ、との発言があった。この言葉が時どき思い浮かぶ。
まだまだ発展途上にある札幌自由が丘学園であるが、私自身でいえば学園の土台になる部分をほぼ作り得たのか、という気持ちがある。そういうことを念頭において言えば、自分が「井戸を掘った」人であるといって言い過ぎではないと自負する。そういうことを前置きに、少々私的なことも含めて記しておきたいことがある。
1990年が明けた頃から、「口で学校づくりを言っているだけではダメだ。まず率先してこの仕事にあたる決意を示すべき」と、当時の「まわり」から言われた。私もそういう思いは言うまでもなかった。しかし、定年まで10年残っている。3人の子どもはまだ中高大に在学中。妻は当然にも、高校退職には反対。息子が「イザとなれば自分がサポートする」というようなことを言ってくれたこともあったし、学校づくりを支援してくれると言ったデベロッパーもいた(このデベロッパー氏はバブルが消えるとともに消えたのだが)こともあって、妻は反対を取り下げてくれた。
数年間の「札幌自由が丘教育センター」の運営は文字通り薄氷を踏む思い。時どき氷が割れて、水が噴き出す感じである。夜の学習塾の子どもも増えてはいたが人件費や物件費をまかなうには全く不十分だった。当時のセンターを運営していたのは私と今は亡き柴田宏樹さん。自分たちの給与を調節したりだけでは足りず、ついに退職した高校からの退職金や売り払った不動産の代金も注ぎ込んだ。
なんとかかんとか一息ついたのは学習塾とともにフリースクールの運営が軌道に乗った頃だっただろうか。そのころ、杉野さんや芳賀慈さんがはせ参じてくれた。
妻は、ほとんど大きな「小言」は言わなかったが、それでも言いたくなったことが何度もあるだろうことは想像に難くなかった。我が家の生活も、私自身のガマンはもとよりだったが、妻の無言の力によるところがどれほど大きかったか分からない。
札幌自由が丘学園で人生を賭けようという人は、大なり小なり他の職場(例えば普通の学校)と比べて問題になく不十分な条件下に置かれている。だから、そういう人たちも含めて、私は「共に井戸を掘る人たち」に思いを致す。
「井戸を掘った人」とともに、同時に井戸掘り人のサポーターが何人もいたことをあらためて思いながらのコメントである。
再来年(2013)は、フリースクール開校20周年、高校開校5周年の記念の年になる。
スタッフエッセイ | 2011/11/16
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