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寺脇研さんと「ゆとり教育」   亀貝一義 (理事長/社会科担当)   2003.05.28

寺脇研さんは1975年から2006年まで文部省で働いていた。「ミスター文部省」と言われたりしていたが、業者テストを学校現場から排除しようという動きも積極的に進めた。
この寺脇さんを当時の文部省に訪ねたのは、たしか1998年だった。「超『学校』」などを著した大沼安史さんの紹介だった。そしてこの年の12月5日、文部省生涯学習振興課長だった寺脇さんを講師とした教育フォーラムを行った。このイベントは札幌自由が丘学園開校5周年記念であった。
今から思えば「よく来てくれた」という思いである。(今年は開校15周年である。何かの因縁という感じもする!)

寺脇さんを「ゆとり教育」の旗手といった。そして今「ゆとり教育の戦犯」などと批判している人が多い。そもそも「ゆとり教育」とはどういう意味だろうか。これを「さらばゆとり教育」と皮肉っぽいタイトルの寺脇さんの著作(2008.1 光文社刊)で、英文でこう注釈する。
「education free from pressure」。要するに、ゆとり教育とは「プレッシャーからの解放をめざす教育」といった意味である。

1970年代から「学力偏重」「偏差値偏重」「業者テスト」「子どもにもっとゆとりを」が叫ばれていた。私たちもこのような教育状況の中で「今の学校と教育のしくみに風穴をあけなければならない」という考えから「札幌自由が丘学園」に通じる「新しい教育・学校をめざす研究会」(新教研)をつくった。
だから寺脇さんたちのいう「教育改革」は私たちの願う教育・学校の方向と一致するものだった。

寺脇さんは、ゆとり教育の意味を「さらばゆとり教育」の中で、いろいろと指摘している。例えば、寛容と多様性を認める教育、共生の教育、などである。しかし寺脇さんたちのいう教育改革がいよいよ本格的になる1992年、前年スタートした小泉内閣の競争路線によって否定されていく。

これらの動きについて、寺脇さんの話と共に私たちの見解がどういうような接点をもつのか、そしてなによりも、フリースクールはどういう意味をもつかを、を考える時宜を得た企画が6月7日(土)午後の教育フォーラム(この関係ページを参照して下さい)である。

 



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