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三和高校設立記念の三本の桜

校長 亀貝一義

2009年4月25日、札幌自由が丘学園三和高等学校の開校式を行いました。これについては、このサイトの「三和高校・学校案内」に触れています(http://www.sapporo-jg.com/sanwa/about/)。

そしてこれを記念して、私たちは学校の前庭に三本の桜の苗木を植えました。そしてこの三本を「希望の樹」と呼ぶことにしています。今の札自丘の会報の名前でもあります。

190510 本校の桜.jpg植樹して5年後・2014年に初めて花を咲かせてくれました。残念だったのは、この記念樹を一緒に植えてくれた校務補だったAさんが14年の開花を見ることなく亡くなったのが今でも残念です。

その後毎年美しい花をひっそりと(あまり観賞する人もないですが)咲かせています。もちろん今年も。
三本の桜のうち一本が枯れかかっていました。しかしその枯れた木の幹から新しい芽が出てまた花を見せています。

皆さん、本校舎前の桜の木・札自丘の記念樹にちょっと注目してくださいね。

※ 毎年この時期同じような記事を書いています。念のためにですが...。

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不登校は不幸じゃない

高村さとみ

 これまでに不登校当事者の話というのをいろいろな所で聞いてきた。当事者が「不登校になってよかった」と話すことがある。そして、話す場がフォーラムだったりすると、司会や会場から「不登校でよかったと思いますか?」という質問が出ることがある。前者は何とも思わないが、後者は何だかムズムズする。だって、その場面でその質問では「よかった」としか言えないじゃない。前者については「不登校になったことを後悔している」でもいいと思うわけです。この場合のいい、というのは不登校自体が良い・悪いという私の意見の話ではなくて、個人が自分の経験にどういう感想を持ったって外野が口を挟む必要はない、ということ。「あなたは、そうなのね。」とそのまま受け取ったらいい。
 だから「不登校でよかったと思いますか?」の質問は、不登校への個人的な感想を一般化したいように感じるし、聞き手は「よかった」という話を聞きたい前提で質問しているでしょう、という違和感がある。不登校に限らず「あなたのこれまでの人生よかったと思いますか?」と聞かれて、自分で自分の人生を否定することは早々ないと思うのです。本心がどうかはさておき、否定する言葉を吐くことでより否定を自覚させられるというか。そういうネガティブな気持ちになることを避けたいから、なるべく肯定していきたいというのが人間の心理なんじゃないだろうか。
 最近、沖縄の10歳のYouTuberの子が「不登校は不幸じゃない」と発信をして、炎上するということがあった。学校に行くべき、という人たちが10歳の子を叩いているわけだけれど、ふと、みんなそんなに学校が好きだったの?楽しかったの?という疑問がわいた。素朴な疑問として、学校が楽しい・好きだと感じている大人や子どもたちはどれくらいいるんだろうか。
 対するコメントは「忍耐や協調性が養われない」とか「ちゃんとした大人になれない。責任とれるのか」とか、おそらく学校を好きではない・楽しくないと思っている人たちもこの子を叩いている。先の話に戻ると、人は自分の人生を否定したくないというのが前提にあるのだと思う。自分は嫌だけど我慢して学校に行ったから、学校に行かないのは怠けている・楽している。自分は我慢したのに楽する奴がいるのは許せない、というように。
 でも最初に書いた通りで、個人の思いに外野が口を挟む必要ないでしょう。だって、この子は「自分はこういう理由で不登校になった。これからこういう目標をもっている」という話をしているだけで、「みんな不登校になるべき」なんて言っていない。学校がつらくて行きたくないとか、死にたいという子に「学校行かなくていい」と言っているだけだ。それぞれの人たちに「自分は学校が楽しかった」「嫌だったけど学校に行った」という思いがあるだろうけど、それで自分と思いのちがう人を殴るのはちがうでしょう。少なくとも、(年齢は本来関係ないけど)10歳の子どもを叩く人たちが「ちゃんとした大人」だなんて思えないよ。

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徒然なるままに~連休

桑名

長いGWが終わり、はっきり言って疲れました・・・。
10日は長い。
海外にでも行く!って予定が入れられれば10日はありがたかったと思いますが、帰省がメインのお休みでは疲れた、どこも混んでる。お金が掛かる~ってだけです・・・。

学生の頃やフリーターをやっていた頃だったら、最大限にシフトを入れまくり稼ぎ時だ―!!と頑張った。
派遣社員をやっていた頃は、単発バイトを入れて収入の不足を補った。
今は、正社員だから単純に休みか・・・。予定どうしよう。

10日の超超GW。
あちこちで賛否両論あったように、色々な働き方、事情によってみんながみんな喜ぶわけではない。安易に決めないでほしい。
それぞれの立場、苦しい懐事情。かつての自分も色々な状況があったから、単純にうれしい!!とは感じれなかった。

みなさんはどうでしたか?

昔はお休みって無条件で楽しいものだった時もあります。

しかし、現在は「お仕事があるから、お休みが待ち遠しい。楽しみ」っていう心境です。
自分の思い通りにいかないことも、楽しいよりシンドイ・イヤなこともたくさんあるのが仕事。

だから次のお休み何しようかな~と計画を立てるのも楽しい。
何もしないお休みも楽しい。
ただ、それが続くとね・・・。だらけます。

オンとオフの切り替えが大事です。

今回、連休明けのオンへの切り替え、とっても大変でした。(実はまだ本格始動できていない)

連休は3連休が沢山あるほうがいいな、5連休くらいが理想だな。と実感した連休でした。

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札幌自由が丘学園の今年のスタート

札幌自由が丘学園三和高等学校校長 亀貝一義

フリースクールは、今年4月15人からのスタートです。今、体験入学者も何人も迎えていますから、すぐ20人をこえていくでしょう。
三和高校は、この4月に合計で16人が新しく迎えることができました。
高校の入学式は19日なので、まだ新学期スタートとは言えないのですが、事実上は始まっています。

この機会に、繰り返しですが、札幌自由が丘学園の理念と目標について触れておきたいと思います。
三和高校の前身はフリースクールでした、フリースクールは25年間の歴史をもっています。今の学校にはどうも満足できない、なじめないという子どもたちのためのフリースクールからのスタートでした。
その後、「高等部」をスタートさせ、10年前の4月、和寒町の協力があって札幌自由が丘学園三和高等学校を開くことができました。2009年のことでした。今年の高校入学は第11回目の入学生です。

26年前、私たちは私たちが開く学校を「自由と共同の学校」にしていこうと決めました。だから、こまごました校則はつくっていません。生徒の皆さんの自由と自主を大切にしています。この考えはフリースクールであっても高校であっても変わっていません。
そして「共同」とは、生徒どうしの共同、皆さんを支えるスタッフや親、地域の人たちの共同、そして生徒と大人たちの共同、三和高校の「和」の意味でもあります。この自由と共同の学校でみんなが元気を取りもどしています。

入学式当日の生徒数は少なくとも、これまでの例では今後多くの転入生などを迎えることになると思います。いろいろな高校で傷ついたり疲れたりして方向を変えたいという高校生が少なくありません。そして3年間の三和高校での高校生活を終えて次ぎのステージに向かうときほとんどの卒業生が「三和高校で学ぶことができて良かった、ここがわが母校だ」という感想をもって挨拶していきます。多分皆さんも同じだと思います。

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1年が終わる

安齊

年度末になりました。

12月の年末とは違う、年度末のこの終わる気分。仕事が一区切りの気分ですが今年はそうもいかず・・・。

毎年「はやいなぁ」と思うスピードがアップしていって、「この1年は何やったっけ?」と思うことが多くなりました。記憶もどんどん上書き保存状態。こまめに手帳に書いておかないとわからなくなる始末。

特にプライベートなんて毎日上書き保存。子どもが風邪引いたのいつだっけ?予防接種いつにしたっけ?保育園で準備するものなんだっけ?・・・など、自分のことは後回しなので、予定をうまく入れていかなければ成り立たない日々。

忙しい忙しいとも思うけど、暇よりいいなぁとか、たまにはいつまででも寝たいなぁとか思うけど、子どもが小さいのも今のうちと思うと遊ばないともったいないなぁと考えてしまいます。

結局毎日忙しいけど楽しい日々です。

きっとバタバタしているのも嫌いじゃないんだと思います。

仕事も年度末だけど今年は震災や台風の影響でこれから修学旅行。

なんだか落ち着きません。

3月に卒業式と修学旅行を同時並行していた自分が笑えたり。

保育園も進級するのに私のいない年度末、うちの子大丈夫かな!?と笑えたり。

ひとまずもうすぐバタバタな1年を締めくくります。

まずは修学旅行に行けますように・・・。

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新聞記事

桑名

先日、新聞の投稿欄に作家の早乙女勝元さんの投稿があった。

昔から我が家に何冊かあり、小さいときから何気なく読んでいた。ベトナム戦争をあつかった『ベトナムのダーちゃん』。米軍機墜落事件の『パパママバイバイ』。
子どもの頃はよくわからなかったです。正直「怖い」という感情が先に出ていたと思います。同じように『はだしのゲン』もとっても怖かった・・・。

ただ、成長と共に歴史を学び少しづつ実際になにがあったか。知識として知っていく中で捉え方が変わってきたと思います。
若いときには大きな歴史のひとつ、こういう事実があった。で、完結していた。
「遠い過去のこと」「終わったこと」という意識がどこかしらにあったように思う。
「共感する」もっというと、想像する力が足りなかったと思う。この歳になってどう変わっただろう。

今、早乙女さんの本を思い返すと、普通の何気ない日常を送っていた人々が投げ込まれた現実がどのようなものであったか、とても淡々と綴られていると思う。
日常が壊れるとき、それは何時来るかわからない。

3月11日をむかえ、昨秋の地震とともに災害が人の力の及ばないところで突如起こると私たちは体験した。
人の力は自然に対抗できない。
しかし、人が起こす戦争・紛争はくい止められる。

早乙女さんの投稿は東京大空襲の直後、隅田川の橋に級友の安否を求めて向かった情景を描いていた。
桜並木の木々に犠牲者の衣類がからまり、一面の満艦飾だった・・・とあった。
その一枚一枚に人々の笑顔があり生活があったはず。
続いていた日々の生活。断ち切られた日常。避けられた可能性。何があったのか「継承」していく必要性。
それを感じる投稿だった。

なんで歴史って学ぶの?昔のことやってどうすんの?社会科の先生をしているとよく聞かれる質問です。
私は「壮大な人類の物語を読んでるんだよ」とはじめに答える。
そして、
「人間はいっぱい失敗する。面白いくらい同じ間違いを繰り返す。だから失敗が少しでも小さくなるように過去の失敗から学んでくんじゃない。それが歴史の勉強だと思っている」と答える。

東京大空襲も原爆投下もベトナム戦争も知らないと答える人が増えている。
あと10年もしたら東日本大震災も知らないと答えられてしまうのではないか。そんな心配がふとよぎる。

未来を切り開いていくことは大切なこと。
私たちは過去と向き合うこと、伝えることを怠ってはいけないと思った。そんな3月のはじめでした。

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三和高校の卒業式に寄せられた祝辞などを紹介します

札幌自由が丘学園三和高等学校校長 亀貝一義

今年は第10期卒業式。2009年に三和高校がスタートして10回目ということです。第1回目は開校翌年の2010年3月。これまで三和の卒業生は300人を超えています。

毎回、たくさんの来賓や祝辞をいただいています。一人ひとりにお礼と挨拶をと思うのですがそうならないので恐縮しています。
今回いただいた祝辞の中で、(別に差別するわけではないが)ちょっとユニークと思ったものを紹介しておきます。
それは、プロ野球日本ハムファイターズの2人の選手からのものでした。斉藤祐樹投手と杉谷拳士内野手のサインもあります。

主な部分を紹介しましょう。

今、皆さんはプレーボールの第1球を投じようと真っさらなマウンドの上に上がりました。これまでの努力をボールに込め、新たな試合に一歩踏み出すときが来ました。
皆さんのこれからの人生が輝かしく幸せに満ちあふれていることをファイターズ一同、心よりお祈り申し上げます。
どうかこれまで通り、夢に向かって挑戦し続ける姿勢を保ち、毎日を充実したものにしていきましょう。
今シーズン、僕たちも北海道で育った誇りを胸に全力で戦っていきます。ともに頑張っていきましょう。

なお、上の斉藤・杉谷両選手は次のような肩書き。
北海道179市町村応援大使 2019年和寒町応援大使

なお他にも和寒町の奥山盛町長、沓澤昭一教育長、更に小川勝也参議院議員、東京シューレ学習センター、 そして道内各小中学校の校長先生からお祝いのメッセージがあったことを付記しておきます。

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2019年、がんばります。

田房絢子

この間のスクーリングの夜、和気あいあいと談笑していた丁度その時、私のスマホが異音をあげました。「ん?」と思って手元を見ると、見慣れない警告画面が出ていたのでさらに「ん?」と疑問に思った矢先、突如画面が真っ暗に。おいおいおいおい、なんだよ。スクーリングが始まったばかりなのに。とりあえず充電しに行こう・・・。

しかし、私のスマホは意味不明な再起動をくり返し、次の日になってもぱっちりとは目を覚ましません。そして一瞬立ち上がったと思ったら、真っ暗な画面の中央に緑色の不思議なキャラクターが静かに横たわり、おなかのドアをカパッと開けて、さらに不吉な警告アイコンを携えていました。その姿はまさに不吉そのもの。その後、私のスマホはまた無限再起動ループをしたまま、二度と目覚めることはありませんでした。

2019年、私は声を大にして自分に、そして周りに警告します。スマホやパソコンは所詮機械。電源が入らなければただの燃やせないゴミです。信頼しすぎないこと。データはどこに保存しているか、アプリのパスワードをどう管理するかなど、使われるのでなく使いこなすこと。二度とあんな思いをしないように、異変を感じたら対策を取ること。

なんて当たり前のことなんでしょう。こんなことを忘れていたなんて。生徒たちにも教えていたはずなのに!これでも一応、情報の教員です・・・。戒めの一年。2019年、がんばります・・・。

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安倍首相の施政方針演説 ... 「フリースクール支援は消えて児童虐待問題」

亀貝 一義

今日国会で安倍首相の施政方針演説があった。私はこの演説で、さしあたり私たちの直接の課題(不登校問題とかフリースクール支援について)についてどういうように触れられるかに関心をもって、この数年見てきた。

この数年は毎回触れている。「フリースクールへの支援」、または「フリースクールに通う子どもへの支援」について。

これについて2018年10月25日のエッセイで、「安倍首相は毎年フリースクールの意義をうたっていた!」を参照。

しかし今回は全くこれについてはない。尤もこれまでも言っているのに全く前進がなかったのだから、演説の中でどう触れるかは関係がないことかも知れない、とも思うが。

多分次の点も言うだけ言っておく、といった類いのことではないだろうか。

「虐待問題」が、問題になるたびに私も心を痛める一人だ。どうして親が自分の子どもを虐待し、あまつさえ死に追いやるようなことをするのだろうか、と。

これについて今回安倍さんは次のように言っている。
「子どもたちこそこの国の未来そのもの。... 何より子どもの命を守ることを最重点に、児童相談所の体制を抜本的に拡充し、自治体の取り組みを、警察が全面的にバックアップすることで児童虐待の根絶に向けて総力を挙げて参ります」。

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NPOの本分

高村さとみ

最近、札幌自由が丘学園の活動をどうすればわかりやすく伝えられるのかを考えている。

昨年クラウドファンディングを行ってみて、またNPOも自己評価・相互評価をしてより透明性のある運営をすべしという流れもあって、やはりNPOの本分は市民に応援されるものであるべきだとつくづく感じた。
市民に応援されるNPOであるためには、自分たちの活動がどう社会課題の解決に役立っているのかをわかりやすく示さなければならない。

そんなことを思って、世界のオルタナティブスクールについて書かれた本を読んだ。
サマーヒルスクール、フレネ教育、クロンララスクール、シュタイナースクール。東京シューレについても書かれていた。
共通するのは「子どもの主体的な学び」。しかし、これには2つのタイプがある。
一つは子どもが主体的に学ぶような仕掛けを意図的に行うタイプ。
もう一つは子どもが自分から学びたくなるまで待つというタイプ。
フリースクールは後者のタイプといえる。活動への参加は任意としていることが多い。
フリースクール的に言うと、安心できる環境で充分に休むことで、子どもはエネルギーを充電し自然と学びたいと思うようになる。(この場合の"学び"は生活や趣味に関するものも含んでいる。)
確かに、子どもがイベントを発案・企画・実行した。なんて話をよく聞く。

先の話に戻ると、市民に応援されるNPOとなるために、フリースクールはこの「自然に学びたいと思うようになる」の部分をもっと一般化しないといけないと思うのだ。
札幌自由が丘学園でいえば、よく見学の方に言われる「こんなに元気なのにどうしてフリースクールには通えて、学校には通えないの?」がそれである。

子どもが学びたくなるまで待つからといって、大人側が何もしていないとは思えない。普段の会話や過ごす環境や関わる人など、無意識に行っている仕掛けがあるのではないか。
私たちも「なぜ元気になるか?」の答えを明確に持っているわけではない。
札幌自由が丘学園はよくわからないけど良いことをやっているところ、で終わってしまって、まだ応援されるNPOにまで至っていないと感じる。
また、教員の研究会でフリースクールの話をすると「フリースクールだからできること」で終わってしまうことが多いが、具体的な言葉にすれば「この部分なら学校にも取り入れられる」ということだってあるかもしれない。

今年こそは「札幌自由が丘学園はこうやってああやっているから、子どもが元気になるんです!ババーン!」と打ち出せるようにしたい。

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