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「遠友夜学校」って知ってますか? ー 新渡戸稲造が札幌で開いたフリースクールの原型 ー

亀貝一義

新渡戸稲造という人は、5,000円札に描かれている明治期の人物です。岩手の生まれですが、札幌農学校を卒業したクラーク先生の「弟子」につながる人と言っていい人ですし、国際連盟の事務局次長として、世界平和のために活躍した人でもあります。
彼が、妻萬里子(メリー)夫人の実家から送られた遺産1000ドルを原資に、札幌の南4条東4丁目に学校を開きました。これは、主として経済的理由で学校に行けない子どもたちのために準備した夜学校で、「友あり遠方より来たる」から遠友夜学校と名づけました。
スタッフは今でいうボランティアで働く学生たちでした(主として北大の学生)。
この学校は1894(明治27)年から50年間続き、戦争が厳しくなった1944(昭和19)年閉鎖を余儀なくされました。。

私はこの学校こそ、今でいうフリースクールであったと思います。学びの場としてのフリースクールの原型が札幌で誕生したということは、非常に教訓的であると思いませんか。

北海道で最も古い歴史をもつフリースクール札幌自由が丘学園は、今年25周年を迎えます。遠友夜学校の経た歴史の、まだ半分の期間ですが、役割やスタッフの意味からほとんど共通の教訓をもっていると思います。意義を歴史的に確かめながらさらに貴重な教訓を創っていきたいものです。

※ この文は「希望の樹」の最新号の冒頭の文章です。その後、新渡戸稲造関連の集まりに出たこともあって、もっとこの文章に記した意義を広げたいという気持ちになりました。そういうことで「再録」ですがご理解ください。

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ha HA 歯のはなし

桑名 八重

スタッフブログにもちょこっと書きましたが、春はどこの学校も健康診断と歯科検診の時期です。

健康診断は学生のころよりも社会人になってからのほうがより詳しく行いますね。年齢が上がればさらに検査項目も増えていきます。がん検診とか。
学校で受けた健康診断、そんなに重要視していなかったな~というのが今の印象。大学生のころはサボりました。
学生時代の健康は「若さ」で乗り切っていた、と思います。
・・・社会人ウン十年目の今は違います。毎回ドキドキです。

さて、歯科検診。
皆さん、「要治療」とか「再検査」とか、「歯垢あり」とか。そういう健診結果どうしてました?

私の小・中・高時代、「虫歯あり」って結果については「治療」のため歯医者さんに行きました。
私にとって歯医者さんは治療する場所でした。
で、虫歯になってから行くので、常に痛い思いをしておりました・・・。
そのため、歯医者さんは鬼門です。極力近づきたくないんです。

高校卒業以降、歯科検診がなくなり、虫歯を自覚したときに歯医者さんへ1回行ったくらいです。

或る時、検診を受けておかなくてはという事態になり実に7年ぶりに歯医者さんに行きました。
それ以降、現在は3か月に一度通っております。いわゆる「予防歯科」です。
現在の歯科はいかに虫歯・歯周病を作らずに健康な口腔状態を維持するかという考えにシフトしているとか。そのための「予防歯科」です。
「8020運動」を国も進めてます。(80歳で自分の歯を20本維持する)

しかしショックなことにこの1年、私の歯はトラブル続きです。
噛みしめすぎで歯が割れ、想定外の場所に虫歯が発覚・・・。はぁ。とため息ものですが、これまでの経緯をも踏まえて治療方針を検討しているところです。

気を付けていても、やはり長年毎日使っている歯ですからトラブルになるんだな~と実感した出来事です。

歯って、「虫歯だよ」とわかっても今すぐ痛さでどうしようもなくなるってこともなく、歯医者も嫌だしついつい後回しにしがちですよね。
私もそうでした。特に若いころはやりたいこと、ほしいものがたくさんあって歯科治療は後回し、そっちが優先でした。

でも、歯は早くに治療しなくてはとつくづく思います。
ほっておいても良くはならない。それが虫歯です。

学校の歯科検診で「要治療」と謂われたらしっかり治療してください。
未成年のうちは親の責任として、歯医者さんに連れて行ってほしいです。

おいしく食事を摂る。健康な生活の基本です。
そのために、しっかりと歯の健康に関心を持ってほしいと思います。

春の健康診断。
元気に楽しく生活するため、健診結果にぜひ目を向けてください。

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強歩遠足にむけて

安齊

来月、5年ぶりに強歩遠足があります。復活!!

私の気持ちとしては・・・「いやぁ、待ってました!!」という感じ。

修学旅行や宿泊学習もいいけど、自分としては強歩も好きです。毎回とても印象的な行事。辛いけど、どこか楽しくてどこか晴れ晴れとした気持ちになる、そんな行事だと感じています。

私が高校の時は23キロのマラソンでした。ほとんど歩いて、おやつ食べて、終わったら豚汁を食べることができて・・・。高2のときは制限時間ギリギリラインを歩いていた記憶が。3年生は最後だから少し真面目に取り組んで頑張ったなぁ~という記憶。

ちなみに兄は72キロの強行遠足。朝4時スタートで大変そうだったなぁ・・・。

頑張ったことや辛かったことって残るんですよね。

辛かった部活の練習も残っています。勝った試合より悔しかった試合の方が残っています。

ラクしたことはたいした印象に残っていません。

何かを感じる気持ちって大事なんだなぁと思います。

何年経っても忘れない記憶や気持ちを作ることのできる強歩遠足は、この学校にとってとても大事な行事だと思っています。

ぜひ挑戦して欲しい、できた自分を褒めて欲しい、何かにぶち当たった時思い出して欲しい、私の思いです。

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一人だっていいじゃない

田房絢子

昨日、10年以上前の卒業生と久しぶりにゆっくり話す機会があり、

今の生活について色々聞いてきました。なにせ、ついこの間卒業というわけではなく、

毎日バリバリ働いている立派な社会人です。最近どんなことを考えているのか、

今何に興味があるのか etc...。お互い社会人同士、ここにいたときとは違う視点から

言葉を交わせることがとても楽しく、思い出深いひとときとなりました。

その中で趣味の話になったのですが、ここ数年で人生を変えるような出会いがあったそうです。

まさかそんなことにのめり込むようになるとは!と本人が一番びっくりしているようで、

生活の流れもアクティブになり、更に人付き合いも格段に幅広くなったとのこと。

話している間とってもキラキラしていて、心も体も充実していることがひしひしと伝わってきました。

人生や生活を捧げた趣味って本当にすごいなぁと、心から羨ましく思えました。

さて、そんな私を振り返ると、趣味は転々かつひろーく渡り歩いてきた気がします。

要するに飽きっぽいので、続かないのだと思います。食いつきは良いのですが・・・。

三日坊主というわけではないのですが、年単位で好きな事って何だろう?って自分でも疑問です。

でも今の趣味も含めて考えてみると、共通項がありました。

"一人で黙々と"。これだけ聞くと、すごい根暗な響きですよね(;_;)

ま、いずれにしても何かに打ち込むことは、とても良いことだと思います。

だから社交的だとか内向的だとか色々な見解はあるかと思いますが、

一人黙々とした趣味に心奪われ、時によそ見をしつつも技術を磨いて、

ただ飽きっぽい性格の特権としては、長い人生の中で一つでも多くのものに触れたいなと思います。

まだどんなことかも想像できないような未知なる一人黙々とした趣味に思いを馳せ、

そして人生を変えるような出会いも期待しつつ・・・。

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札幌自由が丘学園三和高等学校の第10期入学式での「式辞」(180420)

       校長 亀貝 一義

 札幌自由が丘学園三和高等学校に入学することになった生徒の皆さん、入学おめでとう。
 本日、新しく私たちの学校に入学することになった生徒は、月1・在宅学習コースが4名、全日の毎日学習コースが19名で合計23名です。
 本校の生徒数は、月1が合計で24名、全日が合計で47名。札幌学習センターの生徒数は合計で71名。そして東京学習センターの生徒たちが63名ですから、三和高校の生徒数は合計で134名です。

 たくさんある高校の中で、私たちの三和高校を選んでもらえて本当にうれしく思います。
 札幌自由が丘学園には、他にフリースクールがあります。今の在籍者は10名ですから、144名の生徒が札幌自由が丘学園の生徒ということで平成30年度2018年度がスタートしました。
 これからいつものようにたくさんの転入生を迎えることができると思います。

 多くの皆さんは、先月までは中学生でした。皆さんは高校進学にあたって、誰もが「友だちができるだろうか」とか「勉強についていけるだろうか」ということについて不安をもっていたと思います。
 勉強もちょっとだけ難しくなるかも知れません。まわりからも「高校生なんだからもう子どもではないよ」と言われるかも知れません。
 人への態度も、たとえば言葉遣いなどを含めて、これまでよりはバージョンアップしなければならないですね。しかし、もし皆さんが友だちができるかな、とか勉強は難しいのでは、という不安を持っていたとしてもあまり心配しないでください。やさしい先輩、いいスタッフがいます。もし不安や困ったことがあれば何でも担任や、ここに座っている先輩にたずねてください。きっとやさしく親切に答えてくれると思います。
 
 この機会に、札幌自由が丘学園の理念と目標について触れておきたいと思います。
 三和高校の前身はフリースクールでした、フリースクールは25年間の歴史をもっています。今の学校にはどうも満足できない、なじめないという子どもたちのためのフリースクールからのスタートでした。
 その後、「高等部」をスタートさせ、9年前の4月、和寒町の協力があって札幌自由が丘学園三和高等学校を開くことができました。2009年のことでした。皆さんはこの高校の第10回目の入学生です。

 私たちの高校は、他と違うところがいくつかあります。
 多くの学校は、「君はこの成績だからこの高校だよ」といわれて入ってきた生徒たちがほとんどです。しかしここは、人数は少ないが実に多様な生徒がいます。
 勉強のできる人もいます。反対に少々遅れている人もいます。非常に個性豊かな人がいます。

 25年前、私たちは私たちが開く学校を「自由と共同の学校」にしていこうと決めました。だから、こまごました校則はつくっていません。生徒の皆さんの自由と自主を大切にしています。この考えはフリースクールであっても高校であっても変わっていません。
 そして「共同」とは、生徒どうしの共同、皆さんを支えるスタッフや父母、地域の人たちの共同、そして生徒と大人たちの共同、三和高校の「和」の意味でもあります。この自由と共同の学校でみんなが元気を取りもどしています。

 この機会に、皆さんに、高校生になってこれだけはおさえて欲しいと思うことを2点強調したいと思います。
 第一は、勉強に対しても、あるいはその他皆さんの趣味を深めることなど、何かに対して「やる気」を持って欲しいということです。意欲を持って欲しいということです。
 第二に言いたいことは、皆さんが将来どう生きるか、何をめざすか、といった将来への夢を考える時期だということです。焦らなくともいいから、「吾何をなすべきか、どう生きるべきか」を折に触れて考えながら、自分らしさの基礎を固める3年間であって欲しいと思います。

 入学式での生徒数は少なくとも、これまでの例では今後多くの転入生などを迎えることになると思います。いろいろな高校で傷ついたり疲れたりして方向を変えたいという高校生が少なくありません。そして3年間の三和高校での高校生活を終えて次ぎのステージに向かうときほとんどの卒業生が「三和高校で学ぶことができて良かった、ここがわが母校だ」という感想をもって挨拶していきます。多分皆さんも同じだと思います。

 そして、父母の皆さんへささやかなお願いです。 
 単なる一人の「利用者」としてではなく、学校を共同で動かす当事者という気持ちをもって臨んでいただければ幸いです。 

 さいごになりましたが、この入学式に23名の新しい札幌自由が丘学園三和高等学校の生徒たちの前途をお祝いするためにお集まりいただいた父母、先輩になる在校生の皆さん、そして和寒町の皆さまに、学園を代表して心からお礼を申し上げます。ありがとうございました。
 以上をもって、学校長の式辞といたします。

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学校復帰をどう考えるか

 高村さとみ

 3月16日(金)、15名の生徒がフリースクール札幌自由が丘学園を旅立ちました。進路未定の子もいますが、中学3年生の子はほとんどが高校へと進学していきます。
 最近、クラスジャパンプロジェクトという取り組みが話題になっています。関心のある方はぜひホームページをご覧いただきたいのですが、不登校が引きこもりにつながるように書かれていたりと、いろいろと疑問が残る内容です。なかでも批判が集中したのは「不登校者全員を通学していた学校に戻す」というミッションです。現在このミッションは削除され、「ミッションに関しての真意」が掲載されています。
 学校復帰をどのような意味で使うのかは団体の性格によって2パターンに分かれるかと思います。一つは先のクラスジャパンプロジェクトのように中学生なら籍を置く中学校に学校復帰するという意味。もう一つは高校進学やその先の専門学校・大学進学も含めて学校復帰と捉えるという意味です。札幌自由が丘学園ではスタッフから子どもに学校復帰を促すことはしていません。ですが、子どもが学校復帰したいという意思があればそれを応援するというスタンスです。実状、在籍校へ復帰する生徒は少ないのですが、先に述べたようにほとんどの生徒が高校進学をしていくという意味では、学校復帰のための役割を果たしているといえます。また、適応指導教室によっては学校復帰前提の利用を求められ、子どもがそれを拒否したために教室の利用ができないことになった、というのはよく聞く話です。子どもの気持ちを想像してみるに、今現在何らかの理由で学校に行きたくないから不登校になっているのに、「学校復帰するためにがんばろう」などと言っても自分を否定されている気持ちになるのではないでしょうか。子どもの気持ちを第一に考えるならば、学校復帰という言葉は軽々しくは使えません。
 それだけに、今回のクラスジャパンの動きはどうにも腑に落ちません。学校復帰を打ち出せば批判が殺到するなど容易に想像できることです。それなのに今回のようなことが起きたのは、学校復帰の持つ意味に鈍感でいるのか。それとも批判が起こることを覚悟しながら、自治体に受け入れられる形式を優先したのか。いずれにしても、子どもの気持ちを第一に考えましょうという当たり前のことを、私たちはもっと発信していかなければならないでしょう。

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バイキング

安齊

バイキングが最近のお気に入りです。

食べる方です。

お寿司と焼肉とアイスがあれば、かなり食べられます。ラーメンがあるとより嬉しいです。

先日ちびっ子含めた数家族でバイキングに行きまして、夢のような3時間を過ごしました。ちびっ子連れで以前90分の食べ放題に行きましたが、全然時間が足りなく、不完全燃焼で終了。

今回のようにたくさん家族が集まって~となると、誰かが子どもを見ているので食べる方にも専念できるわけです。

ただ、寿司焼肉がないバイキングにはたいして食べられません。私、副食にはあまり興味はなく、たくさん食べることもできません。根っからの米派です。米9割のおかず1割でもいけます。なので、バイキングの惣菜にはあまりそそられず。

ちょっといいホテルのビュッフェに行ったときも全然食べられません。楽しいには楽しいのですけどね。

食べる順序もだいたい決まっています。

焼肉寿司焼肉寿司を繰り返しながら食べ、少し満足したらラーメンをはさみます。さらにアイスを数個食べ、焼肉寿司に戻ります。

そしてラーメンアイス焼肉アイスアイスアイスパンコーヒーアイスパンコーヒーアイス・・・

という感じです。

考えてみると、食べているときにあまり飲み物は飲みません。1時間に1杯程度でしょうか。

そんな感じのバイキングでの3時間。

月1くらいで行きたいなぁ・・・。

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ABCとあいうえお

三和高校 桑名八重

子どもの相手をしていると(高校生ではなく幼児)童謡などを聞く機会が増えました。
私自身、ずっと合唱をやっていたので唱歌や童謡は比較的覚えているほうだと思っていました。
しかし、以外と歌詞が曖昧だったり忘れていたり、小さい頃歌ったな~という懐かしさで思い出す歌もたくさんある今日此の頃。

最近は2020年の小学校の英語教科化とかで幼児向け英会話をよく目にします。
我が家にも勧誘がやってきます。
その勧誘グッズが中々のスグレモノで、1,2曲の歌とキャラクターの会話のデモDVDなどは子どもの気晴らしに大いに貢献してくれます。

デモDVDに入っている子どもが好きなのが「ABCの歌」。
アルファベットのあれです。
曲の頭の方は、私も昔歌ったことがありましたが、最後の方は記憶にない...。
「ABCの歌」でうちの子はすでにアルファベットを覚えた模様です。
意味などはもちろん分かってはいないですがメロディで覚えるのですね。
子どもは覚えが早い。羨ましいです。

そんな中、ふと疑問に思ったのがABCは有名なのがあるが「あいうえお」の歌はあるのか?
一応調べてみると色々なタイプの「あいうえおの歌」があるんですね。某放送局の「みんなの歌」でもその昔あったとのこと。
ちょっと聞いてみましたが、聞き覚えがない。「ABCの歌」は一度は聞いたなっていう感じですが、それが無いです。少々寂しいなぁと思いました。

じゃあ、五十音の曲って何かあったかな?と思い出したのが「いろは歌」
合唱曲ですが、雅楽の「越天楽」という曲の旋律をもとにしている曲です。
「色は匂えど散りぬるを~」と続きますが、このいろはにほへとって言葉遊びかなと思っていましたが、元々は平安末期に涅槃経が起源で流行ったそうです。日本語を覚えるとともに人生観にも触れてるとのこと。奥が深いです。

まあ、幼児に越天楽だ、涅槃経だと教える気はありません。
でも、英語の歌を覚えるのと一緒に日本の歌(まったくメジャーじゃありませんが)も覚えてほしいと思っています。
事あることに童謡や唱歌、さらに「いろは歌」を歌っています。

保育園通いの我が子は、家より保育園で過ごす時間が長く、保育園で日々たくさんの事を学んできます。
保育士さんたちの熱意と努力にはいつも頭が下がります。

たくさんの曲も遊びも、経験したこと覚えたことは大人になってもふとした時に蘇って、その都度助けてくれています。
幼児も高校生も大人も、どれだけたくさん経験するか。それが大切なんだとしみじみ感じています。

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冬の学校と通学

   亀貝 一義

北陸地方でのクルマの「立ち往生」のスゴさが問題になっています。まだ札幌は、雪の量も冬のシバレも堪えられる「想定内」のレベルです。

昭和20(1945)年前後の「思い出」です。私の過ごした和寒での学校生活に関連することですが、いつも今の時期、あのころの学校での寒さを思い出します。

暖房は当時マキストーブでした。まだ石炭はどこの家にでもある、という状態ではなく、地域のおじさんたちが山の木を春先に切ってきて、長さ1尺(約30センチ)ほど、太さも子どもが持ち運びができ、ストーブに入れられるように準備しておきます。

これを30本か40本ずつ前日に当番がストーブの近くに運んでおきます。
ストーブに火が入っても、当時の学校は、隙間風は入るし、そもそもシバレは、毎日零下20度以下なので、どんどん火を燃やさなければ温かくなりません。しかしその暖かさはストーブのまわりに限定されています。だから廊下側や窓際に席のある子どもは寒さに堪えながら授業を受けることになりました。時間ごとに席を交代しよう、と先生は指導してくれました。
ストーブのまわりに弁当を並べて温かいメシが食えるように子どもたちは工夫しました。

大雪の日は通学の道路も雪で歩くことができません。部落(地域ごとのかたまりで「○◎部落」と呼んでいました。例えば三和第一部落とか)のおじさんたちが馬に小さい木のかたまり(これをタマと呼んでいました)を引かせて子どもたちが学校に通うことができるように道を作ってくれました。

私などが体験していた暮らしの一端です。この70余年の間に暮らし方(学校で、通学で、弁当、その他いろいろ)がどんどん変わってきました。楽になり、温かくなり、便利になってきました。

北陸で大雪のために1000台以上のクルマが立ち往生しているニュースを知って思い出したことです。



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自由が丘を心の縁(よすが)として

亀貝 一義

思えばA君が札幌自由が丘学園で過ごしていたときから20年以上たっているのです。A君は中学校時代つらい体験をしたから高校へは行かないで、これに代わる学校としてフリースクール札幌自由が丘学園を選びました。
フリースクールで3年間、私たちといっしょにA君は勉強し体育館でいきいきと体を動かし、また当時行ったJRを利用しての校外活動(JRテーリング)なども積極的に行いました。

まだ行ったことのない町までいくのだから無事帰ってくれるかな、などというスタッフの心配もなんのその実に楽しそうに、JRを乗り継いで帰ってきました。

A君は当時のクラスメートとともに学園祭などでも活発に行動し演劇などでも主役を演じるなど「自由が丘は自分のためにある」と言っているように元気に活動しました。

札幌自由が丘学園を卒業して、何年もたっているのに学園祭その他のイベントのときなど訪れてくれます。

私はこのA君が来てくれるたびに、札幌自由が丘学園がこれほど大きな心の縁(よすが)になっていることに逆に感動させられます。

ご両親はA君が今後も立派に生きていけるようにと果樹園をつくりました。今度は自分のブドウ園で収穫できたブドウを持ってきてくれました。そして先日は収穫でえた収入の一部を学園に寄付金として持ってきてくれたのです。

学校とはたくさんの卒業生のためにというより「一人ひとりの卒業生にとってここは自分のための学校なのだ」と感じ取ってくれることに心が打たれるのです。

先日A君が来てくれたことで改めて思うのでした。

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