2019 年 11 月 1 日

「おうちごはん 野の」

                                                亀貝 一義
                                                
このタイトルは、中神治夫さんと奥さんの二人が南区簾舞に開いた食事屋さんの名前です。中神さんは、わがフリースクールの、いわば揺籃期から重要な役割を果たしてくれたお一人です。「一人芝居」、「自己表現」の意味とその方法をほとんど何も知らない子どもたちに身をもって示し教えてくれました。そして何度かの舞台をつくり一般の方々にも子どもたちの生き生きとした表現を見せて、その親たちも「わが子がこんな素晴らしいステージを創り出せたのか」と大きな感動をしたものです。それは今から20年ほど前のことでした。その後、フリースクールの表現科を週一で担ってくれました。

この中神さんが3年前定山渓国道から3.3キロも離れた「簾舞94-2」で標記の食事の店を開きました。私はそのときから毎年1、2回家族でお邪魔しています。
 
無低農薬の野菜・果物・米・雑穀、無添加の調味料などを素材にしたご飯、おかずなどいろいろなメニューがあります。これらを口に入れると「無低農薬の食材からつくる食べ物ってこんなにおいしいのか」と感嘆します。
 
この10月はじめに妻と行ったとき、お客さんは来ているのかな、と内心心配しながらドアを開けると、午後2時過ぎのアフター食事時でしたが、ほぼいっぱいのお客さんで賑わっていました。
 
「ご無沙汰しています」を前置きにした挨拶から始まってお互い元気でやっていることを確認しながら例の「定食」を注文して食しました。何か気のせいか味も一段とバージョンアップした感がしました。
 
「失礼ながらこんなに都心部からはなれた所で繁盛しているとは驚きですね」とバカみたいな感想を述べたりして、「しょっちゅう来れませんがまた忘れられないうちに来ますから」と言って別れました。
 
中神さんとお付き合いのあった方たち、話のタネとしても非常に楽しく、おいしく、また印象深い体験になると思います。
国道を通っていくと左前方に「簾舞中学校」の柱が見えたらそこを左折して15分前後走ると左側に見えるお店です。

2019 年 9 月 20 日

宿泊学習の裏側

高村さとみ

 2泊3日の宿泊学習が終了しました。今回の行き先は倶知安と小樽。どんな内容だったかは生徒の様子と共にアップしています。こちらではスタッフ側の準備という、宿泊学習の裏側について。
 フリースクールでは毎年、修学旅行もしくは宿泊学習を行っています。行き先はスタッフの意見も伝えつつ話し合いで決まるので、スタッフ側はそんなつもりは全くなかったのに、「どうしても道外に行きたい」という生徒がプランや費用を調べてきてフェリー宿泊で仙台に行った、なんてこともありました。ここ数年は授業料の減額をしていることもあり、家庭の負担にならない範囲でのプランにシフトしています。
 さて、今回はまずスタッフから、2年前・4年前にも利用した倶知安の冒険家族というところで自然体験、特に鶏を捌くことをメインにした宿泊学習にしたい、ということを提案しました。最初の反応はやや微妙で、もちろんそれを楽しみにする生徒もいましたが、虫や自然が多いところでの宿泊にハードルを感じている生徒もいるなぁという印象でした。そんな中で「みんなで小樽に行きたい」「自主研修やものづくりをしたい」という意見があり、最終的にはおうちの方の意見も含んだアンケートにより、倶知安に一泊・小樽に一泊するというプランになったのでした。
 冒険家族での薪割りや火おこし、山菜・きのこ採り、鶏を捌く体験は実際に体験していろいろなことを感じてくれれば...という思いでしたが、小樽は何か仕掛けなければと悩みました。生徒たちの小樽の自主研修は、お寿司を食べてガラス工芸をしてお土産を買って...というイメージで、ここに何かを「学ぶ」要素を持たせたいと思ったのでした。そこで、スタッフは夏休みに入ってすぐに小樽へ。小樽市総合博物館本館と運河館の二カ所を下見しました。小樽の歴史を学んでから自主研修に入るというイメージでいたのですが、本館は鉄道に特化した博物館になっており、運河館も見学しただけでは歴史を学び取ることは難しそうでした。困ったなぁ...とその日は帰路につき、次に助けを求めたのは「生活教育研究会」という学校の先生たちの学習会です。小樽での宿泊学習があること、小樽の歴史を学べるような仕掛けをしたいことを伝えると、小樽に詳しい小学校の先生がフィールドワークをしてくださることになりました。他にもフィールドワークに興味をもった先生たち数名と一緒に2回目の小樽へ。小樽運河沿いや南小樽を歩き、今回の宿泊学習の下地となる知識を教えてもらいました。
 こうして、2グループに分かれて運河沿いや旧手宮線、南小樽の古い建物を歩きながら、こちらのお題の答えを探してくる「小樽街歩き」の時間が完成したのでした。事後学習ではみんなで調べてきたことを出し合い、スタッフの解説も入れて小樽の歴史の全体像を捉えました。おもしろかったのが、グループで「手宮線は北海道で何番目にできたんだろう?ブツブツ...」と歩いていたところ、近くにいたおじいちゃんが「北海道では一番目で、日本でも三番目で...」と教えてくれたそうです。「他にもこんなことを教えてもらった!」と、そのおじいちゃんの話でひとしきり盛り上がりました。
 小樽街歩き直後には「いっぱい歩いて疲れた」という声もありましたが、事後学習では「街歩き楽しかったなー」という声が聞けて一安心。普段、何の気なしに遊びに行っている街にこんな歴史がある、と再発見をする(私も今回知ったことがたくさんありました)仕掛けができたなぁと、こちらもうれしくお疲れビールをいただきました。

2019 年 7 月 19 日

高村さとみ、家を買う

高村さとみ

 最近、引っ越しました。前回の引っ越しは借りていた家の取り壊しが決まって、時間のない中急いで新たな家を探して...とバタバタとした引っ越しでしたが、今回は「家を買う」と自分で決断しての引っ越しです。自分が家に求める条件と予算との妥協点を見つけながら候補を探しました。といっても実際に内覧したのは2件だけ。1件目は内覧した次の日に購入したい意思を伝えたものの、先に契約が決まってしまったとのこと。本当に購入したいときはタイミングを逃してはいけないのだと学びました。なので、2件目を内覧した際にはその場で即断即決。「この先さらに気に入る物件が出てきたら...」という思いもないわけではなかったのですが、思い切って決めてしまいました。


 いざ引っ越しとなると、急遽決めた前の家にもそれなりに愛着があったのだと気づかされます。引っ越し間際は「見晴らしはよかったんだよなぁ」「冬場は動物の足跡が見られておもしろかったなぁ」なんてことを考えてしんみりしていました。車で10分離れたところに引っ越すだけなんですけどね。それでも家はもちろん、近くの公園や通り道にもそれなりに愛着があったのだなぁとその時に気づきました。


 そして今は片づけ中です。生活はできるものの、まだまだ荷物を整理していかなければいけない状態。カーテンやクローゼット内に置く棚のサイズが合わないことにキィーッとなっています。悔しいので同じカーテンを発注してやりました。棚は段ボールにリメイクシートを貼って自作中です。


 いろいろと妥協もしつつ購入した家ですが、自分の理想の生活を想像しながら、それに合わせて家をカスタマイズしていく生活をまずは楽しみたいと思います。しばらくは引っ越さないつもりなので、これまでよりもさらに愛着のもてる家にしていきたいです。

2019 年 7 月 10 日

修学旅行と旅

三和高校 桑名

私は旅行、というよりふらふらと出歩くことが好きです。

旅行に行っても、今日は何しよう、どこを見ようというより街をふらふら歩き回るのが楽しい。
同行者は困ります。突然「あ、この路地行ってみよう!!」的にテキトーに歩くから。
なので、若いときは結構一人旅が多かったです。

はじめての一人旅は高校3年生の家庭学習期間。10日間くらい一人で京都、行きました。テキトーに今日はこの方面まで行ってバス降りよう。で一日がスタート。
今考えると、よく親は一人で行かせたなと思います。携帯もない時代。ほぼ私は連絡もせずふらふらしてました。親に言わせると「出先からのあんたの連絡は事故ったとか、帰れないとかの悪い連絡ばかりだからいらない!!」とのこと。

働くようになってからは同じような感覚で旅行好きな友人と2人が多かった。今はお互いに子ども連れで同じような「ふらふら日帰りドライブ」やってますが。

今、高校2年生は9月の修学旅行に向けて準備中。

じつは私の修学旅行の思い出は小・中・高、あんまりないです。なぜならふらふら歩き回るのが楽しいから団体旅行というものが非常に苦手なんです。
これは子どもの頃からそうだったと、今でも思います。
それに、自分で色々面白そうって調べてもほとんど行けない。なので、修学旅行=なんか連れ回されたなって印象です。昔は特にバスで観光地まわりが定番でしたし。(当時の先生方ごめんなさい・・・)

私が修学旅行を連れて行く側になってすごく気にしてるのが、生徒たちが「なにしたいか」「何に興味あるか」っていうこと。
今はネットがあるからみんなネットで簡単に調べるけど、ぜひガイドブックも買っていろんなページ眺めてね~と言ってます。本ってページを開いたら知らなかったことが書いてあるじゃないですか、そこから興味を持つこともあるから。ぜひ紙の本も開いてほしい。

プライベートの旅行ではほぼ、下調べなんかしない私ですが、
ある程度の行程が決まっている場合はいろいろ調べます。出発までのこの過程も含めて「旅」だと思う。

今回、私はひたすら生徒たちと準備してますが個人的理由で修学旅行には同行できません。(とても残念)
ただ、みんなが大人になって「高校の修学旅行楽しかったよね~」と思い出に残ってほしいなって願ってます。

夏休みがあけたらすぐ修学旅行です。
準備期間ももう少し。旅の準備も楽しもうね。

2019 年 5 月 14 日

三和高校設立記念の三本の桜

校長 亀貝一義

2009年4月25日、札幌自由が丘学園三和高等学校の開校式を行いました。これについては、このサイトの「三和高校・学校案内」に触れています(http://www.sapporo-jg.com/sanwa/about/)。

そしてこれを記念して、私たちは学校の前庭に三本の桜の苗木を植えました。そしてこの三本を「希望の樹」と呼ぶことにしています。今の札自丘の会報の名前でもあります。

190510 本校の桜.jpg植樹して5年後・2014年に初めて花を咲かせてくれました。残念だったのは、この記念樹を一緒に植えてくれた校務補だったAさんが14年の開花を見ることなく亡くなったのが今でも残念です。

その後毎年美しい花をひっそりと(あまり観賞する人もないですが)咲かせています。もちろん今年も。
三本の桜のうち一本が枯れかかっていました。しかしその枯れた木の幹から新しい芽が出てまた花を見せています。

皆さん、本校舎前の桜の木・札自丘の記念樹にちょっと注目してくださいね。

※ 毎年この時期同じような記事を書いています。念のためにですが...。

2019 年 5 月 14 日

不登校は不幸じゃない

高村さとみ

 これまでに不登校当事者の話というのをいろいろな所で聞いてきた。当事者が「不登校になってよかった」と話すことがある。そして、話す場がフォーラムだったりすると、司会や会場から「不登校でよかったと思いますか?」という質問が出ることがある。前者は何とも思わないが、後者は何だかムズムズする。だって、その場面でその質問では「よかった」としか言えないじゃない。前者については「不登校になったことを後悔している」でもいいと思うわけです。この場合のいい、というのは不登校自体が良い・悪いという私の意見の話ではなくて、個人が自分の経験にどういう感想を持ったって外野が口を挟む必要はない、ということ。「あなたは、そうなのね。」とそのまま受け取ったらいい。
 だから「不登校でよかったと思いますか?」の質問は、不登校への個人的な感想を一般化したいように感じるし、聞き手は「よかった」という話を聞きたい前提で質問しているでしょう、という違和感がある。不登校に限らず「あなたのこれまでの人生よかったと思いますか?」と聞かれて、自分で自分の人生を否定することは早々ないと思うのです。本心がどうかはさておき、否定する言葉を吐くことでより否定を自覚させられるというか。そういうネガティブな気持ちになることを避けたいから、なるべく肯定していきたいというのが人間の心理なんじゃないだろうか。
 最近、沖縄の10歳のYouTuberの子が「不登校は不幸じゃない」と発信をして、炎上するということがあった。学校に行くべき、という人たちが10歳の子を叩いているわけだけれど、ふと、みんなそんなに学校が好きだったの?楽しかったの?という疑問がわいた。素朴な疑問として、学校が楽しい・好きだと感じている大人や子どもたちはどれくらいいるんだろうか。
 対するコメントは「忍耐や協調性が養われない」とか「ちゃんとした大人になれない。責任とれるのか」とか、おそらく学校を好きではない・楽しくないと思っている人たちもこの子を叩いている。先の話に戻ると、人は自分の人生を否定したくないというのが前提にあるのだと思う。自分は嫌だけど我慢して学校に行ったから、学校に行かないのは怠けている・楽している。自分は我慢したのに楽する奴がいるのは許せない、というように。
 でも最初に書いた通りで、個人の思いに外野が口を挟む必要ないでしょう。だって、この子は「自分はこういう理由で不登校になった。これからこういう目標をもっている」という話をしているだけで、「みんな不登校になるべき」なんて言っていない。学校がつらくて行きたくないとか、死にたいという子に「学校行かなくていい」と言っているだけだ。それぞれの人たちに「自分は学校が楽しかった」「嫌だったけど学校に行った」という思いがあるだろうけど、それで自分と思いのちがう人を殴るのはちがうでしょう。少なくとも、(年齢は本来関係ないけど)10歳の子どもを叩く人たちが「ちゃんとした大人」だなんて思えないよ。

2019 年 5 月 9 日

徒然なるままに~連休

桑名

長いGWが終わり、はっきり言って疲れました・・・。
10日は長い。
海外にでも行く!って予定が入れられれば10日はありがたかったと思いますが、帰省がメインのお休みでは疲れた、どこも混んでる。お金が掛かる~ってだけです・・・。

学生の頃やフリーターをやっていた頃だったら、最大限にシフトを入れまくり稼ぎ時だ―!!と頑張った。
派遣社員をやっていた頃は、単発バイトを入れて収入の不足を補った。
今は、正社員だから単純に休みか・・・。予定どうしよう。

10日の超超GW。
あちこちで賛否両論あったように、色々な働き方、事情によってみんながみんな喜ぶわけではない。安易に決めないでほしい。
それぞれの立場、苦しい懐事情。かつての自分も色々な状況があったから、単純にうれしい!!とは感じれなかった。

みなさんはどうでしたか?

昔はお休みって無条件で楽しいものだった時もあります。

しかし、現在は「お仕事があるから、お休みが待ち遠しい。楽しみ」っていう心境です。
自分の思い通りにいかないことも、楽しいよりシンドイ・イヤなこともたくさんあるのが仕事。

だから次のお休み何しようかな~と計画を立てるのも楽しい。
何もしないお休みも楽しい。
ただ、それが続くとね・・・。だらけます。

オンとオフの切り替えが大事です。

今回、連休明けのオンへの切り替え、とっても大変でした。(実はまだ本格始動できていない)

連休は3連休が沢山あるほうがいいな、5連休くらいが理想だな。と実感した連休でした。

2019 年 4 月 17 日

札幌自由が丘学園の今年のスタート

札幌自由が丘学園三和高等学校校長 亀貝一義

フリースクールは、今年4月15人からのスタートです。今、体験入学者も何人も迎えていますから、すぐ20人をこえていくでしょう。
三和高校は、この4月に合計で16人が新しく迎えることができました。
高校の入学式は19日なので、まだ新学期スタートとは言えないのですが、事実上は始まっています。

この機会に、繰り返しですが、札幌自由が丘学園の理念と目標について触れておきたいと思います。
三和高校の前身はフリースクールでした、フリースクールは25年間の歴史をもっています。今の学校にはどうも満足できない、なじめないという子どもたちのためのフリースクールからのスタートでした。
その後、「高等部」をスタートさせ、10年前の4月、和寒町の協力があって札幌自由が丘学園三和高等学校を開くことができました。2009年のことでした。今年の高校入学は第11回目の入学生です。

26年前、私たちは私たちが開く学校を「自由と共同の学校」にしていこうと決めました。だから、こまごました校則はつくっていません。生徒の皆さんの自由と自主を大切にしています。この考えはフリースクールであっても高校であっても変わっていません。
そして「共同」とは、生徒どうしの共同、皆さんを支えるスタッフや親、地域の人たちの共同、そして生徒と大人たちの共同、三和高校の「和」の意味でもあります。この自由と共同の学校でみんなが元気を取りもどしています。

入学式当日の生徒数は少なくとも、これまでの例では今後多くの転入生などを迎えることになると思います。いろいろな高校で傷ついたり疲れたりして方向を変えたいという高校生が少なくありません。そして3年間の三和高校での高校生活を終えて次ぎのステージに向かうときほとんどの卒業生が「三和高校で学ぶことができて良かった、ここがわが母校だ」という感想をもって挨拶していきます。多分皆さんも同じだと思います。

2019 年 3 月 19 日

1年が終わる

安齊

年度末になりました。

12月の年末とは違う、年度末のこの終わる気分。仕事が一区切りの気分ですが今年はそうもいかず・・・。

毎年「はやいなぁ」と思うスピードがアップしていって、「この1年は何やったっけ?」と思うことが多くなりました。記憶もどんどん上書き保存状態。こまめに手帳に書いておかないとわからなくなる始末。

特にプライベートなんて毎日上書き保存。子どもが風邪引いたのいつだっけ?予防接種いつにしたっけ?保育園で準備するものなんだっけ?・・・など、自分のことは後回しなので、予定をうまく入れていかなければ成り立たない日々。

忙しい忙しいとも思うけど、暇よりいいなぁとか、たまにはいつまででも寝たいなぁとか思うけど、子どもが小さいのも今のうちと思うと遊ばないともったいないなぁと考えてしまいます。

結局毎日忙しいけど楽しい日々です。

きっとバタバタしているのも嫌いじゃないんだと思います。

仕事も年度末だけど今年は震災や台風の影響でこれから修学旅行。

なんだか落ち着きません。

3月に卒業式と修学旅行を同時並行していた自分が笑えたり。

保育園も進級するのに私のいない年度末、うちの子大丈夫かな!?と笑えたり。

ひとまずもうすぐバタバタな1年を締めくくります。

まずは修学旅行に行けますように・・・。

2019 年 3 月 13 日

新聞記事

桑名

先日、新聞の投稿欄に作家の早乙女勝元さんの投稿があった。

昔から我が家に何冊かあり、小さいときから何気なく読んでいた。ベトナム戦争をあつかった『ベトナムのダーちゃん』。米軍機墜落事件の『パパママバイバイ』。
子どもの頃はよくわからなかったです。正直「怖い」という感情が先に出ていたと思います。同じように『はだしのゲン』もとっても怖かった・・・。

ただ、成長と共に歴史を学び少しづつ実際になにがあったか。知識として知っていく中で捉え方が変わってきたと思います。
若いときには大きな歴史のひとつ、こういう事実があった。で、完結していた。
「遠い過去のこと」「終わったこと」という意識がどこかしらにあったように思う。
「共感する」もっというと、想像する力が足りなかったと思う。この歳になってどう変わっただろう。

今、早乙女さんの本を思い返すと、普通の何気ない日常を送っていた人々が投げ込まれた現実がどのようなものであったか、とても淡々と綴られていると思う。
日常が壊れるとき、それは何時来るかわからない。

3月11日をむかえ、昨秋の地震とともに災害が人の力の及ばないところで突如起こると私たちは体験した。
人の力は自然に対抗できない。
しかし、人が起こす戦争・紛争はくい止められる。

早乙女さんの投稿は東京大空襲の直後、隅田川の橋に級友の安否を求めて向かった情景を描いていた。
桜並木の木々に犠牲者の衣類がからまり、一面の満艦飾だった・・・とあった。
その一枚一枚に人々の笑顔があり生活があったはず。
続いていた日々の生活。断ち切られた日常。避けられた可能性。何があったのか「継承」していく必要性。
それを感じる投稿だった。

なんで歴史って学ぶの?昔のことやってどうすんの?社会科の先生をしているとよく聞かれる質問です。
私は「壮大な人類の物語を読んでるんだよ」とはじめに答える。
そして、
「人間はいっぱい失敗する。面白いくらい同じ間違いを繰り返す。だから失敗が少しでも小さくなるように過去の失敗から学んでくんじゃない。それが歴史の勉強だと思っている」と答える。

東京大空襲も原爆投下もベトナム戦争も知らないと答える人が増えている。
あと10年もしたら東日本大震災も知らないと答えられてしまうのではないか。そんな心配がふとよぎる。

未来を切り開いていくことは大切なこと。
私たちは過去と向き合うこと、伝えることを怠ってはいけないと思った。そんな3月のはじめでした。