2020 年 6 月 24 日

お弁当の寄付をいただきました!

㈱日信様(代表取締役社長 松村貴洋 様)より、フリースクール・三和高校の生徒にお弁当の寄付をいただきました!


長い休校期間を過ごした子どもたちに元気になってもらいたい、ということでフリースクール・三和高校の生徒、職員分のお弁当を(各学年二日分も)提供していただきました。
今はまだコロナ対策として「前を向いて、おしゃべりしない」静かな昼食時間ですが、㈱日信様の心遣いに気持ちは明るくいただきました。
㈱日信様、どうもありがとうございました!

2020 年 5 月 26 日

日本に合っている4月入学

                 札幌自由が丘学園三和高等学校校長  亀貝一義

                 

 19日の本紙朝刊の記事「9月入学 検討加速」によると、新型コロナウイルスの感染拡大による休校の長期化を受け、入学や始業の時期をずらす「9月入学」検討の動きが加速しているという。秋入学が主流の欧米などに合わせることで、留学などの面で好都合になるということらしい。

 

 私は新学期はやはり4月がいいと思う。日本では明治19年(1886年)、会計年度が4月始まりになったことから、学校年度も次第に41日開始となった。花が咲き新しい季節とともに子どもたちも新しい世界へと旅立つのである。「4月入学」は日本人の暮らしと季節感にごく自然に溶け込んでいる。

 9月入学制としたら、日本では「年」、「会計年度」、「学校年度」の始まりが、異なることになる。「年度」は各国で独自の制度をとっているというのだから、日本で100年以上も続いてきた4月入学制を、あえて他の国に合わせなければならない理由などない。

                                
2020年5月26日の北海道新聞の「読者の声」に載った文章です。

2020 年 5 月 21 日

マスク・コーヒーの寄付をいただきました。

株式会社ゼタセグメント様(代表取締役社長 赤倉広樹 様)よりマスクの寄付をいただきました。
会社で備蓄していたマスクを、子どもたちのためにと送ってくださったそうです。

また、職員あてにコーヒーも同梱してくださいました。
緊張や不安が続く日々の中、ほっと一息できるお心遣いにとてもあたたかな気持ちになりました。

株式会社ゼタセグメントの皆様、どうもありがとうございました!


2020 年 5 月 19 日

卒業生からのマスク寄付

卒業生のたかや君から、マスクの寄付をいただきました!

彼はもう15年も前の卒業生です。
今もこうして学園のことを気にかけ、時には仕事の合間に行事を手伝ってくれることもあります。


先日お伝えしたマルサン塗料株式会社様と同じく、新聞での報道を見てフリースクールへのマスク寄付を思い立ってくれたとのこと。
ありがたい気持ちでいっぱいです。

陣中見舞いにと、コーヒーやお菓子の差し入れも添えてくれました!

2020 年 5 月 11 日

マスク・消毒用アルコールの寄付をいただきました

マルサン塗料株式会社様より、マスクと消毒用アルコールの寄付をいただきました。

先日、「市で購入予定のコロナ対策のマスク・消毒液の配布先として、学校や福祉施設は対象だがフリースクールは対象外」と報道されたことを受け、濱信一(代表取締役社長)様が「これでは不公平だ」と寄付を決めてくださったそうです。

全国的にマスク・消毒液の不足が心配される中、温かいご配慮をいただいたことに心から感謝したします。
マルサン塗料株式会社の皆様、ありがとうございました。





2020 年 4 月 3 日

ルーツの旅

高村さとみ

 

 私には函館在住の、今年92歳になる祖父がいます。以前にも書きましたがこの数年、祖父は昔の話をいろいろとしてくれるようになりました。海軍予科練習生として茨城の土浦にいた話、5歳の時にあった函館大火の話、そして曾祖父母の話です。

 曾祖父母は群馬で海産物の卸売りをしていました(曾祖母の家が店をしていたところに曾祖父が婿入り)。しかし1923年の関東大震災で店は倒壊。商売か人間関係か、その両方かが嫌になった曾祖父は曾祖母を置いて、取引先を頼って函館へと行ってしまいます。曾祖母はそれを追いかけて函館にやってきた、というのが大筋の話です。祖父の家からは「高村フードセンター」と書かれた、後進であろう店のタオルが出てきました。店はもうないそうですが、その跡地や街並みを見てみたい、と群馬旅行を計画していたのがこの春休みでした。新型コロナウイルスの情報を注視しながら、行きたい気持ちと行くことへの不安がせめぎ合う日々。東京の感染者数が増加していくのを見て、ギリギリになってやはりキャンセルすることを決めました(羽田経由で群馬に入る計画だったので…)。祖父も「お墓の写真を撮ってきてほしい」と楽しみにしてくれていただけに、本当に残念です。なるべく早くリベンジが果たせるとよいのですが…。

 しかしこの話、ここで終わりではありません。北海道立図書館に店のあった群馬県大間々町の町史があることがわかりました。そこで早速、道立図書館へ。項目ごとに10冊ほどの厚い町史がそこにはありました。関連しそうな箇所に目を通していくと、明治37年の大間々町の店・店主名が書かれた地図を発見しました。そこには「高村寅吉」の名前が。私の高祖父(ひいひいおじいちゃん)です。海産物ではなく青物商となっていました。家に帰ってGoogleMapと地図を照らし合わせてみるとまだ続いているお店もあり、だいぶ高村の店の場所が絞り込めました。今は大間々町の古地図を取り寄せて、さらに調べてみようとしているところです。

 群馬に足を運ぶことができなかったのは非常に残念なのですが、地図を調べながら昔の大間々町を歩く気分を味わうことができました。今は下調べを楽しみつつ、実際に足を運べる日を待ち望んでいます。

2019 年 12 月 19 日

カード社会がやってくるとか?

亀貝一義

                                                        
キャッシュレスが言われる。カード社会の到来だとか。私たちは長年財布に現金を入れて暮らしていた。もちろん最近10年ほどは財布に何枚かのカードをいれている。
 
この数か月か、妙にキャシュレスが叫ばれ出した。ようするにカードサインだけで済ますことが今風なのだとか、だからカネの出し入れはなしというわけだ。
 
私も10年以上前から何とかカードを2、3枚はもっていたし、現金払いがキツいときには月賦(げっぷ。この語もボチボチなくなるかな)払いにできるというわけだ。しかし、だからといってキャッシュレスのカード社会がOKという気持ちにはなれない。
 
カードも1,2か月後には必ず預金から差し引かれる。当たり前だ。カード社会がなじめないのは、こまかい計算なしにカネは後払いだ、欲しいものは買おうという気持ちが大きくなることが怖いのだ。
 
常にマイサイフを頭にいれて買い物をする、という旧い習慣から抜けきれない。この習慣は捨てなくてもいいのだ、と自分で確認している。ケチな考え休むに似たり、と言われるかも知れないが。

2019 年 12 月 10 日

三和高校、創立10年がたちました

 札幌自由が丘学園三和高等学校校長 亀貝一義

今年は早いものです。わが三和高校は創立10年の節目の年です。この前身の札幌自由が丘学園高等部がスタートしたのは2002年でした。
フリースクールを経て高校に入りたいという子どもたちの進路を考えてまずある高校に在籍させ、しかし実際には札幌自由が丘学園でしっかり勉強してもらい、在籍校と確認した上で「高卒」の資格を取得する、という多少手の込んだ措置を数年間とり続けました。そして和寒町と協議し同町が申請し内閣総理大臣福田康夫認定(平成20(2008)年3月31日付け)の札幌自由が丘学園三和高等学校がスタートすることになったのは2009年4月26日でした。
なお三和の「開校記念日」は7月1日ですが、2008年7月1日に、当時の伊藤昭宣和寒町長が設立を認可した日ということになります。
 
以上のようにフリースクールの実績を高校教育の面でも一層発展させていこうというのが設立の趣旨でした。この10年間の歴史です。
私たちはこれからの10年間、さらに三和高校の教育の意義を広く訴えフリースクールともどもこれを必要とする子どもたちと、子どもを支える父母の期待に応えていこうと気持ちを新たにしています。

2019 年 11 月 22 日

人材じゃない

高村さとみ

 

先日、北海道大学の「教育制度論」で講義をした。今回で3回目なのだが、毎回「不登校の対応あるある」というのを入れている。学校の対応でいうと「家に訪問する」「まったく連絡をとらない」「朝迎えに行く」など。その対応が良い・悪いではなく対応の一例として出したつもりだったのだが、1回目の講義後の感想には「自分も先生になったときにそういった対応をしてしまいそうで不安」とあったので、2回目・3回目はどんな対応をするにしても、子どもの望まないことをしてはいけないということを丁寧に話すようにしている。例えば「家に訪問する」ことを「自分のことを考えてくれている熱心な先生」と捉える子もいれば、「家にまで押しかけてきてプレッシャーだ。心が休まらない」と感じる子もいる。どんな対応をするのでも子どもに了承をとるべきだ、ということを話している。

加えて今年は10月25日に文部科学省から各教育委員会に出された「不登校児童生徒への支援の在り方について」の話を入れた。これはこれまで出していた同通知のリニューアル版だ。支援の在り方として「学校復帰が前提」と書かれていた部分が削除されたため、この通知を歓迎する声もあるが、私からは否定的な捉え方を学生に伝えた。今回の通知が出る前からだが、ICTの学習により不登校の子どもの出席が認められるようになった。今後は一層、無理に学校に行かなくても良いという風潮は広まるだろう。しかし、ICTを活用できるかは環境にかなり左右される。機器があるか、インターネットが使える状態かという物理的な面はもちろん、私は日々子どもと接していて、ICTを活用しなおかつそれで学習ができる子というのはかなり少数だと感じている。例えば家に誰かがいて、学習を促したり、ICT学習の補足をしてくれるなら可能かもしれない。しかし今、そうした時間をとれる家庭がどれほどあるのか。ICTの活用というのはそうした環境により大きな格差があらわれる話だと思う。

こうした流れを見ていると、どうにもこの通知は学校に合わない子どもを学校外に出し、自己責任でICT学習を受けさせる、それもできない子どもは支えない、という切り捨てになっているようにとれる。本来変わるべきは学校であるのに、何か学校や社会に行くために求められている基準があって、それを満たさない子どもには向き合っていないような。

教育は人材育成ではない。教育とは、一人ひとりがこれからの人生を幸せに生きていくための力を育むことであると私は思っている。教員を目指す学生たちが実際に子どもの前に立つとき、人材育成を担うなんて思わないでほしい。子どもたちを一人の人間として尊重してほしい。そんな内容で私の話を締めた。

2019 年 11 月 1 日

「おうちごはん 野の」

                                                亀貝 一義
                                                
このタイトルは、中神治夫さんと奥さんの二人が南区簾舞に開いた食事屋さんの名前です。中神さんは、わがフリースクールの、いわば揺籃期から重要な役割を果たしてくれたお一人です。「一人芝居」、「自己表現」の意味とその方法をほとんど何も知らない子どもたちに身をもって示し教えてくれました。そして何度かの舞台をつくり一般の方々にも子どもたちの生き生きとした表現を見せて、その親たちも「わが子がこんな素晴らしいステージを創り出せたのか」と大きな感動をしたものです。それは今から20年ほど前のことでした。その後、フリースクールの表現科を週一で担ってくれました。

この中神さんが3年前定山渓国道から3.3キロも離れた「簾舞94-2」で標記の食事の店を開きました。私はそのときから毎年1、2回家族でお邪魔しています。
 
無低農薬の野菜・果物・米・雑穀、無添加の調味料などを素材にしたご飯、おかずなどいろいろなメニューがあります。これらを口に入れると「無低農薬の食材からつくる食べ物ってこんなにおいしいのか」と感嘆します。
 
この10月はじめに妻と行ったとき、お客さんは来ているのかな、と内心心配しながらドアを開けると、午後2時過ぎのアフター食事時でしたが、ほぼいっぱいのお客さんで賑わっていました。
 
「ご無沙汰しています」を前置きにした挨拶から始まってお互い元気でやっていることを確認しながら例の「定食」を注文して食しました。何か気のせいか味も一段とバージョンアップした感がしました。
 
「失礼ながらこんなに都心部からはなれた所で繁盛しているとは驚きですね」とバカみたいな感想を述べたりして、「しょっちゅう来れませんがまた忘れられないうちに来ますから」と言って別れました。
 
中神さんとお付き合いのあった方たち、話のタネとしても非常に楽しく、おいしく、また印象深い体験になると思います。
国道を通っていくと左前方に「簾舞中学校」の柱が見えたらそこを左折して15分前後走ると左側に見えるお店です。